18.誰も私を見ていない
いや、別に『このエッセイ誰にも見られてない……アクセス数ないし……PVないし……鬱だ、死のう……orz』みたいに思っているわけではないです。
私は私以外の誰でもないので、他の人がどうかは知らないのですが、やはり人はそこまで他人に興味がないんじゃないかと思うことがあります。
街ゆく中で奇抜なファッションの人を見かけたとしても、いつまでも見続けるわけではないし。人は大して他人をあまり気にしていなくて、人の目を気にしてしまう人というのは自分が勝手に作りだした他人の目に怯えているのだと思うわけです。
ネットだとさらにこれは顕著に表れると思います。結局、人は自分のことばかりを考えている様に思います。私も然り。
こんなことを書いて何が言いたいのかというと、誰も大して他人を気にはしていなのだから、もっと自分のしたいことを、したいようにやってもいいんじゃないか、と。いや、あくまでネットの中での話です。
ネットでならば、特に法に触れない範囲で名前を変えて好きなことをできる自由というのがあるわけで、色々なことに取り組んでみたらどうか、と思います。
自分が勝手に作りだした『他人の目』を気にして、自分がしたいことに取り組むことがなかなか出来ずにいる人ってのは、居ると思うわけで。
そんな人がこの文章を読んでいる可能性というのは、どれだけのものかは分からないけれど、書かなければ可能性は0だし、こうして書くことで可能性は0ではなくなる、と。
小説を書いてみたいけど、『妄想おつwww』『都合が良すぎるだろ』『くっそ、つまんねえ』とかいう反応をされたら嫌だな、とかまだ見ぬ批判的意見に怯えてる人が居る筈。
私自身そうだった。
自意識過剰とか、そういう部類に入る人間だったんでしょう。今でもそうかもしれないけれど、昔よりかは直っている筈。
どうせ小説を投稿しようが、イラストを描こうが、動画サイトに実況動画を投稿したり、こ○部とかに自分の声を投稿しようが、ゲームを作って発表しようが、反応が返ってくることは稀だと思います。
上記は全て自己体験に基づきます。(ただ、こ○部には投稿しようと考えた時期があったけど、したことはない)
最初は無反応に傷つくこともあると思いますが、『誰も見ていないならば、好きにやっていいじゃないか』という思考に私は行き着きました。
何かをネットに上げて、『これで人気者になったらどうしようwktk』なんて誰もが想像すると思うんですが、そんなことは稀なことで、多くは埋もれます。
ただ、心優しい人が何かレスポンスをくれたりして、そんな時は非常に嬉しい気持ちになりました。
……何だか気持ちの悪い自分語りの様な何かになってしまった。




