17.いつの間にか視野が狭まっている
そういうことが度々あります。
自分の視野が狭まっている時というのは、自分ではなかなか気づけない。
何か変な風に凝り固まった思考をしていたり、大したことでもないことを大したことのように捉えていたりする時ということは良くあることです。
視野が狭くなっていたんだな、と感じたり気付く時というのはふとした時というのが多い様に思います。
私は空を見ることが好きでよく空を見ます。特に夜空が好きです。澄み切った空気がある場所に住んでいるわけではないけれど、夜空は綺麗だと感じます。
宇宙のことを考えると自分なんか、すんごくちっぽけな存在だな、と感じたりして人生なんて大したモノではないとか思ったりして、視野が広くなったり。
そう感じるのは錯覚なのかもしれませんが。
深夜に一人で空を見上げるという行為には、何だか中二病チックな香りが漂いますが、なかなか良いものです。
する際には職務質問に気をつけるか、自分の家のベランダから見るようにすると安全な気がします。
深夜のコンビニに行って、その行き帰りの道で空を見上げるのが好きです。近くの公園で少し休憩したりすることもあるのですが、たまにカップルが居たりしてですね……。
ところで、中二病という言葉は最近では全盛期の様を過ぎたのか、そこまで乱用される場面を見ないように思います。
一時は何でもかんでも中二病と揶揄することがブームの様になって、辟易したものです。
さて話は戻って、最初に書いたように視野が狭くなっている時には、自分でそうだと気付くことが難しいものです。
狭まった視野を直しても、気がつくと視野が狭まっていたりするのは、どうにかならないものですかね。
客観的に考えることは重要だと思っているのに、つい主観的に考えてしまったり。
第6回『計画という名の理想論』の様に、計画というのは実現可能でなければ意味がないのに、実現が不可能な計画を組み立ててしまったり、ついついしてしまいます。
視野が狭まると、客観的に考えたり冷静に考えたりすることが出来にくくなる感じがします。振り返ると、視野が狭い時には常にそうだった気がします。
もっとも、ただ単に私が客観的かつ冷静な思考ができない人間だ、という可能性もあるけれど。
宇宙のことを考えたり、無限について思考してみたり、限りない何かを想像して自分のちっぽけさを感じるってのは、思いつめている時には有効だと思います。
もっとも、人によっては悪影響が出たりするかもしれない。




