Chapter 9 独立
ユーグの拳が役人の頬を捉えた。
凄まじい打撃音が鳴り、役人の身体が吹き飛ぶ。
「ぶっはあああああああああ?!!!」
半ば回転しながら土の上をバウンドし、二、三転して仰向けに止まった。
白目をむいて、ぴくぴくと痙攣している。
死んではいないらしい。
村長も村人も、役人の部下たちも、少年も、その場にいた全員が硬直する。
「……え?」
一拍遅れて、広場に全員の声が響く。
「えええええええっ!?」
すると、ユーグが少し困惑したような顔で村長を見る。
「戦うんじゃないのか?」
「戦います!」
村長は反射的に答え、同じく困惑した様子で続ける。
「ですが……いきなり殴るとは思いませんでした」
戦う覚悟は決めた。しかし、開始の一撃がこれほど即座で、これほど重いとは想定していなかった。
役人の部下がユーグを糾弾する。
「貴様、自分が何をしたか分かっているのか!?」
ユーグが気づき、向き直る。
「殴った」
「っ!? こ、これは反逆だぞ!?」
「ああ」
「!? き、貴様は……!?」
部下は続ける言葉が見つからず、狼狽する。
「何が聞きたい?」
ユーグが本当に困ったような顔をする。
部下は恐怖した。目の前の男は役人を一撃で吹き飛ばした。
それなのに、脅迫している様子も、興奮している様子もない。
問いの意味が分からず、真剣に考えているようにさえ見える。
部下たちは気圧され、踏み込めない。
村長がユーグより前へ出る。
村人たちも、農具や狩猟用の弓、薪割りの斧などを手に集まる。
そして、村長が村の独立、あるいは自治政府からの離脱を表明する。
「今後、我々は自治政府への納税を拒否する。――この村の食糧は、この村で生きる者のために使う」
役人の部下たちが、倒れた役人を回収する。現場の人数では、ユーグと村人たちを鎮圧できない。
「こ、この件は中央に報告する! このままで済むと思うな!」
役人たちが報告と増援要請のため、撤退する。
村人たちは追わない。
勝利したわけではない。戦いは、これから始まる。
役人たちが去った後、村は静まり返る。誰もすぐには喜ばない。
自治政府が報復に来ることは分かっている。
「後戻りはできん」
「初めから、戻る場所なんて残ってなかった……!」
村人たちが、震える声でつぶやく。
恐怖は消えていない。それでも、これまでのような諦めだけではない。生き残ってやるという、強い意思を感じる声だった。
ユーグは村人たちの会話へ口を挟まない。少年は、そんなユーグと大人たちを交互に見ている。
村長がユーグに声をかける。
「我々の問題に、あなたを巻き込んでしまいましたな」
「いや、俺が自分で決めて殴った」
「それは……まあ、はい。そうですな……」
そういう意味ではなかったのだが、村長はそれ以上何も言わなかった。




