Chapter 6 役人
昼過ぎ。
熊肉を処理する匂いが村に満ちていた頃、街道から村へ馬車が入ってきた。
「自治政府だ」
村の誰かが呟き、空気が変わる。
馬車から降りてきた男は、自治政府の役人だった。剣で武装した部下を数名連れている。
「ほう、景気がいいな」
役人は熊を見つけ歪んだ笑顔を見せると、声を張る。
「村長はいるか!」
広場へ村人が集められる。
役人は村人たちを見回すと、懐から紙を取り出して読み上げる。
「自治政府より通達する! 中央緩衝地帯を共同管理するローレライとアドラスの両国は、依然として緊張状態にある! このたび、直近の情勢悪化に伴い、両国より中央緩衝地帯における国境警備の強化が正式に要請された!」
「国境警備の任を預かる自治政府においては、体制強化に伴う必要物資の不足が想定される! よって、各村には自治政府への協力として、物資の追加提供を課すものとする!」
役人は更に続ける。
「続けて、追加負担の内容を通達する! この村は麦二十袋。加えて、運搬費三袋、徴収手数料二袋。計二十五袋だ!」
村人たちの間に重い沈黙が落ちる。 麦二十五袋。それだけ持っていかれれば、冬を越す蓄えにも手をつけることになる。
「――以上が自治政府からの通達である! 期日までに、不足なく納めるよう申し渡す!」
役人の説明が終わる。この村が初めてではないのだろう。淀みのない口上である。
「お待ちください」
村長が前に出る。
「今年分は、既に納めております」
「追加と言っただろう」
「しかし、これ以上は……」
「決定事項だ」
役人はにべもなく言い放つ。村長の顔など見てもいない。
「その五袋は誰が決めた?自治政府か?」
その場の全員が驚く。いつの間にか、ユーグが役人の前に立っている。
役人は、ユーグの体格に一瞬気圧された様子だったが、すぐに姿勢を正す。
「誰だ貴様は? この村の者ではないな?」
「ユーグだ。それより、誰が決めた?」
「我々だ」
「記録に残るのか?」
役人は面倒そうな顔をする。
「諸経費だ。載せる必要はない」
「それは自治政府が決めたのか?」
「我々だ。現場の事など中央に分かるものか」
この話は終わりだ、とばかりにユーグを手で払うしぐさをすると、今度は解体中の熊を指さす。
「その熊も置いていけ」
さも当然のように言う役人の言葉に、村人たちがざわめく。
「それも税か?」
ユーグが質問を続けると、役人は苛立った様子で舌打ちする。
「……供応だ」
「断れるんだな?」
「……何ぃ?」
「供応なら、断れるはずだ」
「自治政府への礼を拒むつもりか?」
「断ればどうなる?」
「自治政府に非協力的な村として、相応の処置をとる!」
役人が部下に命じる。
「おい! その熊を運び出せ!」
そのときだった。
「駄目だ!」
少年が熊の前に走って立ち、叫ぶ。
麦だけなら、足りなくても自分が我慢すればいいと思った。
しかし、自分の命を救い、妹に優しくし、熊まで狩ってくれたユーグの気持ちが踏みにじられることは、少年には耐えられなかった。
その目には涙が浮かんでいる。
「おい!」
父親が少年を呼び止めようとするが、少年は止まらない。
「この熊は、ユーグが俺たちのために取ってきてくれたんだぞ!」
役人が少年の前に立ち、言い放つ。
「どけ」
「嫌だ!」
「やめろ! 戻れ!」
父親が駆け出す。
「この……!」
役人が苛立ち、剣を抜く。そのまま少年へ向けて振り上げる。
父親は間に合わない。少年が固く目を瞑る。




