Chapter 4 評価不能
ローレライ王立士官学校、剣術大会。
新入生の各クラスから、戦士科の男女一名ずつを代表者に選出し、剣術を競い合う伝統行事である。
形式上は新入生で最強の剣士を決める大会だが、その主目的は、高水準の剣術を直接目にし、その技術を学び取ることにある。
即ち、授業の一環である。
エレノアも、そのクラス代表に選ばれていた。
「ヴァイスハイト、代表はお前だ」
「え? 嫌ですけど」
元より校内はおろか、国内でも指折りの技量を持つエレノアである。
彼女が望むのは、対等な強者との技比べであり、名を上げることにも、自らの剣を広めることにも興味はなかった。
校内の研究会にも所属せず、ひたすら一人稽古と、実家の門下生たちと組手を行う日々を過ごしている。
「そういえば、代表の件はどうなりました?」
「え? 辞退しましたけど」
「…はい?」
「はい?」
その後、アリスから剣の先達としての責任、そして貴族としての責任について長い説教をされ、エレノアが折れる形で女子代表に決定した。
「わかりましたね?」
「はあ…」
「なんですかその返事は」
「はい」
(まったく気乗りしませんが、またお説教はごめんですからねえ)
エレノアの説得方法を模索していた剣術教官は、事の経緯を聞き、アリスに大層感謝した。
こうして、女子代表が決まったのも束の間、剣術教官はまた頭を抱えていた。
「慣例に倣うならラグナードだ。だが…しかし…」
言葉通り、慣例に倣うなら男子代表はユーグで決まりであった。
しかし、簡単に結論を受け入れられない理由があった。
「…基礎体力は?」
「測定時間超過のため中止になっていますね。上限が不明です」
「…対人実技」
「最高評価です。制圧時間に至っては過去最短となっています」
「…最後、剣術」
「評価不能です。まともに剣を使っていません」
「……」
「慣例に倣うなら、各クラスの入学実技最上位者が代表です。男子はラグナードになります」
副教官の説明を聞いた剣術教官は、机に頭を打ち付けた。
「剣をまともに使わん奴をどうしろというのだ!! やめだ!!こんな事例想定できるか!!」
「…では、今回は例外とする旨、上申されます?」
「……」
上申したところで「指導しろ」と返されて終わる。
剣術教官は深いため息を吐いた後、腹を括った。
その顔は既にやつれていた。
剣術大会の三日前。
ユーグとエレノアを含む戦士科の生徒たちは、入学後初となる剣術の対人組手に臨んでいた。
クラスは戦士科と魔法科に分かれて授業を受ける。魔法科のアリスは、この場にはいない。
剣術教官の指示に従い、生徒たちは組手のための二人組を作る。
エレノアの相手は、あまり話したことのない平民の女生徒だった。明らかに緊張している。
「よ、よろしくお願いします! ヴァイスハイト様!」
「そう緊張なさらず。クラスメイトなのですから」
木剣による組手が開始される。
エレノアは、必死の様子で打ち込む女生徒をいなしながら、ある組に意識を向ける。
木剣が宙を舞っていた。
「剣の! 授業だと! 言っとろうが!!」
遅れて、剣術教官の怒声が響く。
開始と同時に、木剣を相手に投げつけたらしい。
相手は困惑の表情を浮かべている。
「剣を使え!!」
「使ってるぞ」
「投げるな!!」
「?」
木剣を投げたユーグは、教官の意図が理解できないといった顔で首を傾げている。
(ふざけているようには見えませんねえ)
エレノアは、女生徒の振り下ろしを半歩分ずらしてかわし、返しの一太刀を入れる。
女生徒は慌てて防ぐ。本気の剣速なら終わっていた。
「とにかくやり直し! もう一度はじめからだ!」
ユーグと相手の男子生徒が、開始位置に戻る。
「はじめ!」
男子生徒が斬りかかり、ユーグが受け止める。
エレノアが、このまま力比べかと想定した次の瞬間。
ユーグは男子生徒の襟首を掴み、地面に組み伏せた。
「やめんか!!」
「?」
ユーグは、「今度はなんだ?」とでも言いたげな顔で教官を見る。
(…指示を無視した? いえ、直接禁止されていない手段へ移った?)
エレノアは、女生徒の突きを下から弾き、剣先を止めずに振り下ろす。
木剣が女生徒の肩に軽く当たる。
「ま、参りました!」
女生徒が降参する。肩で息をしており余裕はないが、その顔には出し切ったような満足感が見える。
互いに姿勢を正し、一礼する。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
終わった後、エレノアは視線をユーグと教官へ向ける。
「……嫌な予感はしていたが、やはりこうなったか」
教官は頭を抱えていた。どうやら想定内ではあったらしい。
「…もう時間がないから、本番ではこれだけ守れ。
剣を振って、相手に当てて制圧しろ。それ以外の手段はすべて禁止だ」
ユーグに剣術を仕込むのは諦めたらしい。
せめて本番では形になるよう、最低限の指導に切り替える。
「最初から言え」
「普通はここまで明文化せん!! お前がおかしいのだ!!」
「よくわからんが、わかった」
(…ふむ)
エレノアがその顛末を見届けた後、授業終了を告げる鐘が鳴った。




