Chapter 3 内密で
アリスから相談を受けた日の放課後。
帰り支度をしていたエレノアは、気配を感じ、後ろを振り返った。
「さすがだね、ヴァイスハイト嬢。これから帰宅かい?」
フェリクスが立っていた。
エレノアはいつもの微笑を崩さない。
「これはフェリクス殿。なにかご用件でも?」
「少し話があってね。――アリスに内密で」
「ほほう?」
「これから用事がある」とかわすこともできたが、相手はアリスの正式な婚約者であり、侯爵家の嫡男。無下な対応は得策ではない。
何より、アリスに内密という部分がひっかかる。
「承知しました。では、中庭でいかがでしょう?」
「構わないよ」
今日はよく相談を受ける日だ。
そう思いながら、エレノアはフェリクスと連れ立って中庭へ向かった。
「君だから話そう。俺は軍総統府総長の地位を目指している」
中庭に到着してすぐ、フェリクスは唐突に自身の野望を語り出した。
「それは…。ずいぶんと高い目標をお持ちで」
いきなり興味のない話題だったが、エレノアは無難に応対する。
「そのために、俺はこの一カ月ほどで有力な貴族子弟との人脈を築き、地固めに努めてきたつもりだ。
気が早いもので、既にフェリクス派などと呼ぶ声も聞こえてくる。困ったものさ」
「ああ…」
言葉とは裏腹に得意げなフェリクスを見ながら、エレノアは最近のフェリクス周りを思い出す。
彼と昼食を共にする顔ぶれ、訓練や課題で組む相手、放課後に集まる面子など、思えば彼を囲むメンバーが固定化されていた。
(ここ最近、取り巻きを増やしていたのは、そのためでしたか。それにしても…私にこの話をする理由は何でしょうねえ?)
エレノアの反応を好意的と受け取ったのか、フェリクスは続ける。
「少し遠回しになったが、俺にとって有力な人材との結びつきは、最優先事項といったところかな。
その点、君はヴァイスハイト家の人間で、剣の腕は既に国内屈指。加えてその美貌だ」
(ああ…。嫌な予感がしますねえ)
エレノアは既に帰りたかったが、ここまで来て確証を得ずに帰るのもばかばかしいと、思い直す。
「いずれ俺が侯爵家を継ぎ、総長を目指す上でも、君のような人が傍にいてくれれば心強い。そこでだ。
――君を、第二夫人に迎えたい」
エレノアの表情は変わらない。
(まさかの私が目的でしたか。……ふむ、私も捨てたものではありませんねえ。全然嬉しくないですが)
「過分な評価恐れ入りますが、何分、剣にしか興味のない変わり者でして。未来の総長殿には不釣り合いかと」
その態度を謙遜と捉えたのか、フェリクスが距離を詰める。
「いや、まさにその剣の腕を見込んでいるんだ!」
エレノアが少し下を向き、小さく笑う。
(アリス様。やはりフェリクス殿とは、全然違いますよ)
今度はその笑みを好感触と解釈したのか、フェリクスがエレノアの肩へ手を置こうとする。
しかし、エレノアはすっと半歩ずれてその手をかわし、ニコリと笑いかけた。
「…なるほど、慎み深い。そうでなくてはね」
(嫌だっただけですが。まあ、不快に思われないのなら、それでいいでしょう)
なぜか評価が上がったらしい。訂正する義理もないので、何も言わない。
「考えておいてくれたまえ」
そう言い残し、フェリクスは立ち去った。
中庭に残ったエレノアは、少し疲れた様子で天を見上げる。
(アリス様に内密でというのは、そういう理由でしたか)
「……この婚約、なくなりませんかねえ?」
ため息をついた後、エレノアもその場を後にした。




