Chapter 1 エレノア・フォン・ヴァイスハイト
――大陸歴一三七年、花冠の月(五月)、ローレライ王国、ヴァイスハイト伯爵家、私設訓練場。
肌寒さの残る早朝。
エレノア・フォン・ヴァイスハイトは、朝稽古に勤しんでいた。
「ふっ…!」
剣を振り下ろす。
淀みのない剣筋が空を切ると、その姿勢のまま静止する。
足元へ視線を落とす。
つま先の位置をずらし、重心をわずかに移す。
そこから切り上げる。そして、また静止する。
しばらくして、剣を構え直す。
今度は振り下ろしから切り上げまで、一息に繋ぐ。
「……ふむ」
剣筋を変え、同じ流れを繰り返す。
一通り終え、汗を拭いていると、背後から聞き慣れた声がした。
「毎朝精が出るな」
エレノアの父、ヴァイスハイト伯爵だった。
鋭い眼光には、武門の家を預かる者らしい威圧感がある。
「おや父上。最近よくお見えですねぇ。娘の成長がよほど嬉しいと見える」
ニヤリと口角を上げて茶化す娘に、伯爵はため息をつく。
「まったくお前は…。入学してひと月ほどか。アリス様とはどうなのだ? 変わらずやれているのか?」
問いの意図が掴めず、エレノアはきょとんとした。
「ええ、特には……あ、そういえば」
「何かあるのか」
「平日は授業と鍛錬ばかりですので、お茶をご一緒できる時間が減りましたねえ。私としては休日を武器屋巡りに充てたいのですが、主君の要望とあれば無碍にできませんし。あ、であれば今度はアリス様もお連れすれば…」
「何の話をしている!……もうよい、わかった。護衛の任に支障はないのだな?」
「それはもちろん」
「父上が振ったのでしょうに」とでも言いたげな顔をして、登校の準備をするために片づけを始める。
伯爵はまだ何か聞きたげだったが、一足先に邸へ戻っていった。
「そういえば」
一人になった訓練場で呟く。
「相談を受けていたのでした」
昨日の下校時、アリスから、珍しく神妙な顔で「相談に乗って欲しい」と言われていた。
「さて、我が愛しの主君は、一体何にお悩みですかねぇ?」
楽しげに笑みを浮かべると、そのまま訓練場を後にした。




