Chapter 4 殴ります
ローレライ本国、リンバウム公爵邸、執務室。
「緩衝地帯へ向かうそうだな」
「はい」
父から突然の面会を求められたアリスは、軍務局長の許可を得て、実家の公爵邸を訪れていた。エレノアは扉の外で待機している。
「お前自ら、向かう必要があるのか?」
「はい」
「理由は?」
「軍務上の内容ですので、詳細は申し上げられません」
アリスは直立不動のまま、父の顔をまっすぐに見て答える。
「…そうだったな」
リンバウム公が口角を上げ苦笑する。アリスはその顔が嫌いではなかった。
「…ただ、現地確認が必要と判断するだけの不整合があります」
「緩衝地帯はいま微妙な時期だ。アドラスはまだ表立って動いてはいないようだが、不要な政治的混乱を招く可能性もある。――お前は引き際を知らんからな」
「はい。ですので、細心の注意をもって任務に当たります」
「…方面軍へ任せることはできんのか?」
「本件は、私が継続して調査している案件です。私自身が現地を確認することに意味があります」
「…そうか」
リンバウム公は一度ため息をついた後、娘を見る。
「エレノアは?」
「部屋の外に」
「連れていけ」
「彼女にも任務があります」
「話は通しておく」
「…ありがとうございます」
「構わん。気を付けろ」
「はい」
アリスは一礼し、執務室を去った。
現地調査の許可が下りてから三日後。
アリスとエレノアは装備を整え、門の前にいた。隣には軍馬を引いている。
「では局長、行ってまいります」
アリスが軽く頭を下げる。
「ああ、気をつけてな」
上司の軍務局長が見送りに来ていた。
局長は、これでしばらくは胃痛の悩みがなくなると思いつつ、少しの寂しさを感じながら質問する。
「ところで、そのユーグという男が君たちの学友なら、軍人を殴るというのは考えにくいのだが、どうかね?」
局長は、『二人の士官学校時代の学友』と、『軍人を殴った危険な大男』という人物像がどうにも一致しなかった。
アリスとエレノアが顔を見合わせた後、局長に向き直る。
「「殴ります」」
「…殴るのか」
「はい。ですが、理由なしには殴りません」
「……」
局長は「なぜ言い切れる?」とは聞けなかった。
アリスの言葉には、一種の信頼とも呼べる力強さがあったからだ。
二人が軍馬に跨り、門を出る。最初の目的地は東部駐屯地。
ユーグが巡回警備隊を壊滅させてから、一週間後のことだった。
第四章 ローレライ 完




