Chapter 4 秩序
少年が頷いてから三日後。
ローレライ軍四十名が、村の門の前に到着した。
兵たちは誰も口を開かず、みな肩で息をしている。マルクも水筒を傾けたが、もうほとんど残っていなかった。
(巡回って、こんなに急ぐもんなのかよ…)
マルクは、これから更に任務が待っていることを思い出し、憂鬱な気分になった。
先遣隊の報告では門は開いていたそうだが、村の見張りが軍の接近に気づいたのか、今は閉じられている。
(まあ、そりゃ閉めるよな)
村からすれば、自治政府がローレライに泣きつき、村を取り戻すための支援を要請したと考えても不思議ではない。
そうでなくとも、いきなり四十人規模の軍隊がやって来たのだ。警戒するなという方が無理だろう。
マルクにもそれくらいのことは分かった。
隊長が前へ出る。
「我々はローレライ王国軍である!現在、緩衝地帯の村々の巡回警備任務中である!開門されたい!」
すると、門上の見張り台から村人が顔を出した。
「命令書はあるのでしょうか?」
ローレライとアドラスの共同管理地である緩衝地帯において、軍が部隊行動を行うためには両国の承認が必要となる。
村はその証として、命令書の開示を要求している。
隊長が柵に近づき、隙間越しにもう一人の見張りへ命令書を見せる。
そこには任務内容として「巡回警備・治安状況の確認」と書かれており、両国の印章も捺されていた。
「…確かに」
村の独立は、自治政府への帰属と納税を拒否したものに過ぎず、共同管理地としての国際的な取り決めまで破棄できるものではない。
村としてもローレライと事を構えるつもりは毛頭なく、さっさと用件を済ませて帰って欲しいのが本音である。
見張りが奥に引っ込み、村長へ取り次ぐ。
そして――門が開いた。
村の門が開いた後、まずは隊長が村長への聞き取りを始めた。
村の治安状況、人口や物資の状態などを一通り確認したが、なぜか自治政府との関係については確認がなかった。
(自治政府のことは聞かないんだな…)
マルクは隊長の話を聞きながら少し疑問に思ったが、任務が巡回警備なら直接の関係はないのだろう、と聞き流した。
聞き取りが一通り終わり、兵たちが軽い休憩を取った後、巡回警備が開始された。
マルクを含む一般兵たちが、村を徒歩で巡回する。
(あの柵、間に合わせだな。俺ならもっと――)
そこまで考えて、マルクは頭を振り任務に集中した。
もう家業を継がないと決めたのに、どうしても気になってしまう。
マルクは、大工仕事そのものは嫌いではなかった。
巡回してしばらく、マルクは村の様子を見て意外に感じていた。
自治政府から独立したというのだから、もっと荒々しい人間が多く、暮らしも荒れていると予想していた。
しかし、実際はみな普通に暮らしていた。そこかしこから子供たちが遊ぶ声も聞こえる。
(治安確認って言ってたけど、別に必要ないよな?)
今回の任務を組んだ理由がわからず思案していると、ある違和感がマルクの目に留まった。
(あの人たち、なんで立ってんだ?)
なぜか、一部の兵士が門前や柵沿いなどに立ったまま、巡回していない。
よく見ると、部隊の半数が同じように巡回せず、村の各所に立っている。
「先輩、ちょっといいですか?」
「あん?」
同じく巡回していた二等兵に声をかける。
「今回の任務って、巡回と治安確認ですよね? あの人たち、立ったまま何してるんですかね?」
二等兵が、マルクが指さす方向を見て少し考える。
「さあなあ。一応、警備配置じゃないか? 大体、この規模の村相手にしちゃあ、兵の数が多すぎるしな。手が余ってんだろ」
「はあ」
だとすればずいぶん雑な計画だな、と違和感は拭えなかったが、マルクはそのまま巡回に戻った。
「村人全員に伝達事項があるので、広場に集まってほしい」
隊長が村長にそう伝えると、村人たちが広場に集まった。
農作業の途中だったのか、農具を持ったままの者も多い。
直前まで巡回していたマルクたちは、隊長命令により広場の周辺に配置された。
(けっこう子どもいるんだな)
ぼんやり眺めていると、幼い子どもがマルクに手を振るのが見えた。
(お、俺?)
少し動揺したが、すぐに手を振り返す。
自分のような新米でも、子供から見ればかっこよくみえるのかもしれない。
マルクは少しの懐かしさと嬉しさを感じながら、意識を警備に戻した。すると、
(なんだ…?あいつ)
マルクは、広場の周辺に植えられている木に、腕を組んで寄りかかっている男を見つけた。
自分より明らかに身長が高いが、それ以上に体の密度がおかしい。服の上からでも異常に鍛えられていることが分かる。
男は無表情のまま、村人たちと軍を眺めている。
(おっかねえ…。目を合わせないでおこう)
マルクは視線を広場の中央へ戻すと、ふと、行軍中に聞いた噂を思い出した。
(まさか、役人殴り飛ばした大男って、あいつ?…いや、まさかな)
確かに怖いが、凶暴には見えない。噂は噂だし、何か尾ひれがついたのだろう、と納得した。
そんなことを考えていると隊長が話し始めたので、マルクは意識をそちらへ向けた。
「いやいや、素晴らしいな村長。治安は非常に安定しているし、物資にも不足は見られない。自治政府から独立したと聞いていたが、よく統制されている」
隊長が村長を褒める。ここにきて初めて「独立」の二文字が軍から発せられたが、咎めるつもりはない様だ。
村長は安堵した様子を見せる。
「統制などと。村の皆で協力した成果ですよ」
「ふむ。つまり統治ではないと?」
「あ、いえ。それほど大仰なものでは、という意味で…」
「そうか。であれば、その意味ではあまり良い状態とは言えんな」
(…なんだ?)
妙に絡むな、とマルクは訝しむ。村長も困惑している。
「あの、なにを…」
「秩序のためには、誰かの統治が必要。そうは思わんか?」
村長の表情が硬くなり、村人たちがざわつき始める。
「……この村は、問題なく回っております。それは、ご覧になられたかと」
「この村だけならな。私が言っているのは、もっと大きな視点での秩序だ」
「…といいますと?」
村長が問うと、隊長は揚々と話し始める。
「例えば、隣村と水源を争った場合誰が裁く?街道に山賊が出たらどの村が対処する?犯罪者が村を跨げば誰が追う?私が言っているのはそういうことだ」
隊長が言っていることには一理ある。
例えば、緩衝地帯においては山賊による被害が多発している。
故に、域内秩序の必要性については村長も否定しない。
「それは、その通りですが。ただ、我々は今の自治政府に従えないと言っているだけで、両国による秩序を否定しておりません。状況さえ変われば……」
「そうか!話が早くて助かるぞ!」
村長の回答を聞いた隊長が、機嫌よく笑顔を向ける。
(なんの…話をしてるんだ?巡回警備だよな?)
隊長の話は明らかに脱線している。マルクは強い違和感を覚えた。
話の意図が見えないのか、村長が尋ねる。
「申し訳ありません。話が見えないのですが…」
困惑している村長に対し、隊長が笑顔のまま告げた。
「わからんか?その役目、我々ローレライが引き受けようと言っている」
村が大きくざわつく。そして、ここにきて初めて、村人たちは軍に包囲されていることに気付く。
マルクも隊長の言葉に驚愕し、自分が立っている場所を理解した。
「はあ?!」
(待てよ…これって、俺、この人たちの包囲に加わってる?!)
「騙したのか?!」
誰かが叫ぶ。
村は、「巡回警備・治安状況の確認」という命令書を確認したから門を開けた。
しかし、軍は入村後に兵を配置し、住民を一か所へ集め、その状態でローレライによる統治を宣言した。
「これじゃ…」
マルクは「騙し討ちだ」という言葉を紡げなかった。
さっき自分に手を振った子供も怯えている。
手を振り返して少し誇らしくなった矢先、今度は自分がその子らを怯えさせる側にいる。その現実を直視できない。
他の兵たちも動揺している。本当の目的を知らなかったのは、マルクだけではないらしい。
一方、門などの要所に立っている兵たちに動揺は見られない。半数はあらかじめ知らされていたのだろう。
マルクの手が震えている。
自分も騙されたという怒りと、こんなことのために軍に入ったんじゃない、という失望が混ざった震えだった。
だが、この状況でどうすればいいのか分からない。自分は軍の一兵士、それも最下級の三等兵なのだ。
マルクが、自分の無力さに歯を食いしばっているそのときだった。
「アドラスは認めているのか?




