↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/37

Chapter 7 最後の買い戻し


その後も、買い戻しは粛々と進んだ。

価格を吊り上げる者、素直に応じる者、拒否した結果、主にユーグによって暴行騒ぎに発展する者など、顧客は様々だった。

しかし、いずれの奉公人も、最後は自らの意思で去就を決めることができた。


次の顧客へ向かう馬車の中、心労と散財でげっそりとした顔の領主と、何かの書類に書き込んでいるユーグが対面で座っている。

リタは、ユーグの膝を枕にして、スースーと寝息を立てている。同行しているだけとはいえ、さすがに疲れたらしい。


「……さっきから何をしている?」

領主がユーグに尋ねる。ユーグはこれまでも、買い戻しが完了するたびに何かの書類に記入していた。

ユーグが見せる。それは、契約書の管理番号ごとに買い戻しの進行状況を記載した管理表だった。

故郷への帰還、または本人の意思で残ることが決まった元奉公人については、そこに完了印を入れている。


「…随分と手慣れたものだな。どこで習ったのだ?」

山賊のような身なりに見合わない細やかさだと感じた領主が、興味本位で尋ねる。


「士官学校」


「は?」

全く予期していなかった答えに、領主が間抜けな声を出す。

「士官学校って、あのローレライ王立士官学校?」

「ああ」

ローレライ王立士官学校。

ローレライ首都に置かれた、国防を担う軍人を育てるための国立機関であり、卒業には高い学力と実技能力が要求される。

平民にも門戸は開かれているが、在校生の八割近くが貴族出身者で占められる。


領主は固まったまま質問を続ける。

「…ありえんとは思うが、まさか貴族だなどとは…」

「親父は侯爵だった」

「はあっ?! ……あ、あの、ちなみに、家名は…?」

男爵の自分より爵位が上である。しかし、次にユーグの口から出た家名にこそ領主は仰天した。


「エーレンフェルト」


「げえっ?!!」


エーレンフェルト家。

ローレライ建国貴族の一柱であり、数年前から侯爵位は空位となっている。

新興の地方男爵である領主とは、家格も規模も比較にならない。


「大声出すな。起きる」

ユーグが領主に注意した後、寝ているリタを一瞥する。

「あ…!も、申し訳…?」

「継いでない」

「え?そ、そうなの?…いや、でも…」

権はなくとも威は残っている。

領主は自分でも整理しきれないまま、妙なことを口走った。


「そ、その……ぼ、坊っちゃん?」

「あ?」

「…っ! なんでもないわ! バカバカしい……」

ユーグはそれを最後に黙った領主から視線を外し、ローレライでの暮らしを思い出した。


(アリスとエレノアは、元気してるか……)



そして、三人はついに最後の顧客がいる町へ到着した。リタの父親は、この町の製材所で働いているらしい。

製材所の親方は事情を聞くと驚愕し、素直に債権の買い戻しに応じた。そして、父親を応接室に呼んだ。

リタは、緊張した面持ちで扉を見つめている。そして、扉が開く。


「父ちゃん!!」


リタが駆け出し、父親の足に抱き着くと、大声で泣き出す。

父親は、初めは状況が呑み込めない様子であったが、自分に縋りついて泣く娘の姿に気づくと、力強く抱きしめる。


「リタ!探したんだ!でも、どこへ行ったか、わからなくて…!」

父親も涙を流し、声を抑えることなく泣く。


二人が抱き合ってしばらく経つ。そこへ、


「リタの父親で合ってるか?」


「うわっ?!」


ユーグが、ずいっと顔を寄せ、父親に確認する。

父親は驚いて体勢を崩しかける。

「は、はい。リタ、この人は?」

リタは、泣き腫らした目と満面の笑みで答える。


「ユーグさん!助けてくれたの!」



最後の買い戻しが終わった。

帰りの馬車の中、再会した父娘二人は離れずに寄り添っている。

父親は、領内にある二人の家に帰ることを決めた。

ユーグはこれまでに作成した管理表に漏れがないか、最終確認をしている。

その向かいで、領主は「やっと終わった」という安堵と疲労に満ちた表情で、力なく天を仰いでいる。



馬車が、父娘の家がある領内の住民区に到着する。

四人が馬車から降りた後、領主は父娘に向かって告げる。


「……許してくれとは言わん。処分も受ける。だが、お前たちにした仕打ちは、謝罪する」

領主が頭を下げる。父娘は何も言わず、その姿を見ていた。


領主の謝罪が終わった後、ユーグは管理表に最後の完了印をつける。

「終わったか」

そう言って早々に旅支度を始めると、父親が慌てて呼び止める。

「あ、あの!せめてものお礼に、泊まって行ってください!大したおもてなしはできませんが…」

「父ちゃんの作るご飯、おいしいよ!」

リタもユーグの外套を引っ張って誘う。

「…そうか。わかった」

ユーグは、用事が終わったら向かうと告げる。

父娘は、一旦ユーグと別れ、先に家へ帰っていった。


ユーグは二人を見送った後、旅の消耗品を調達するために街中へ向かおうとするが、「そういえば」という程度の温度感で領主へ声をかける。


「またやったら、また来る」


ユーグはそれだけ言うと、そのまま立ち去る。

領主はしばらく呆然とした表情で、去っていくユーグの背中を見ていた。そして、


「に、二度と来るなーーーーーーーっ!!」


領主の慟哭が、夕焼けの空に響いた。



その後、この買い戻し騒動に伴う現金流出により、領内への物資輸入が数か月にわたり落ち込むことになる。


しかし、それはまた別の話である。


「父ちゃん、黒パン売り切れてた」

「うーん。今日は芋を使うか」

「やったー!お芋好き!」



第二章 買い戻し 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。