Chapter 6 買い戻し行脚(後編)
二人目の顧客は、町で小さな工房を営む革職人の親方だった。親方は、奉公人を単なる労働力ではなく、仕事仲間に近い形で丁重に扱っていた。
工房の人手不足から、ベルク商会を通じて債務奉公人を受け入れており、契約は正規のものだと認識していたらしい。
そのため、領主が債権の買い戻しを申し出た際、親方は理由を尋ねた。
領主が、債務を負うことになった原因そのものを、自分が意図的に作ったことを説明すると、親方は複雑な表情をした。
日頃から奉公人の真面目な仕事ぶりを見ており、債務者という立場に違和感を覚えていたらしい。
話が終わった後、親方は領主を責め立てることはせず、奉公人を部屋に呼んだ。
奉公人の中年男性が部屋へやってくると、領主が改めて事情を説明し、今後どうしたいかを尋ねた。
領主は、一人目の女性と同じく、故郷であるハルデン領内に帰りたいと答えるのだと思っていた。
しかし、領主の予想は外れた。
「私は…ここに残りたいです」
奉公人は、親方のおかげで手に職をつけられたこと、故郷に家族がいないこと、今の人間関係を大切にしたいことを訥々と語った。
その答えを聞いた親方は、奉公人の肩を叩いて大いに喜んだ。
債務に縛られて残るのではなく、自由になった後、本人が自分の意思で工房を選んでくれたからである。
話はまとまり、元奉公人の男性と親方は、通常の雇用関係へ移ることとなった。
領主にとっては、領民一人がそのまま領外へ定着した形となったが、もはや何も言う資格はなかった。
そもそも流出の原因を作ったのは自分である。
三人の帰り際、リタが男性へ手を振る。領内では顔見知りだったらしい。
男性も手を振り返し、少し寂しそうに笑顔を見せた。
三人目の顧客は、領主とは別の領地を治める地方男爵だった。
領主の館と同じく、石壁に囲まれた立派な造りの館であった。
「ハルデン領主である。男爵に面会したい」
領主が門番に名乗り、印章指輪を見せた。
「承知しました。取り次ぎますので少々お待ちを。…あの、失礼ですが、そちらの二人は?」
「……連れだ。気にするな」
「はあ」
門番が館に入り、少しして戻ってきた。
「面会をお受けになるそうです。どうぞこちらへ」
三人は門番から引き継いだ使用人に案内され、男爵が待つ応接室へ向かった。
応接室。
領主は男爵に促され、対面に座る。ユーグとリタは領主の後ろに立つ。
男爵はユーグとリタの身なりを見て少し眉をひそめるが、特に追求せず領主に尋ねる。
「珍しい訪問ですな。此度はどのような用向きで?」
「今日は少々、話があって伺いました。こちらで世話になっている奉公人、元は私の領内の者についてです」
「ほう?」
「その者の債権を買い戻したいのです。実は、その者が債務を負うことになった原因が、まあその……妥当なものではなかったのですよ」
領主が苦い顔をしながら告げると、男爵が怪訝な顔をする。
「話が見えませんな。妥当でない、とは?」
領主は少し黙っていたが、やがて意を決したように姿勢を正す。
奉公人が債務を負うことになった原因そのものを、自分が意図的に作ったことを告白する。
すると、男爵は「なんだそんなことか」と特に意に介した様子もなく、領主に告げる。
「お断りします。よく働くので気に入っているのですよ」
「な、なんですと?!」
「言葉の通りですよ。契約自体は合法なものです。つまり、債権を手放すかは私次第ですな」
自分の告白を受けての態度といい、領主は男爵の冷淡さに怒りを覚えた。自分でもなぜそう感じたのかは分からない。
「っ! で、では、せめて奉公人と話をさせて欲しい! 本人の気持ちを知りたい!」
男爵は、「奉公人一人に何を熱くなっているのか」と言いたげな顔で少し考えると了承し、奉公人を応接室に呼び寄せる。
奉公人は若い女性だった。応接室の異様な空気に怯むが、「失礼します」の一言と共に入室する。
領主が女性に尋ねる。
「私はお前の債権を買い戻しに来た。もし自由になれるとしたら、どうしたい?」
女性は目を見開き、何かを言いかけて止める。主人である男爵の前では本音を言いづらいのだろう。それを察した領主が続ける。
「構わん。本音を言え」
やがて女性は、震える声で答える。
「帰りたい…です。お母さん、家に一人、なんです…」
答えを聞いた男爵は、不機嫌な顔で鼻を鳴らし、告げる。
「本人が何を望もうと、契約はこちらにある」
領主は「言うに事欠いてそれか」と怒りを浮かべながら、男爵へ食い下がる。
「ならば! 残りの債務を私が弁済する! それならば問題はなかろう!」
「答えは同じですよ。お断りします」
「なにをっ?! 第三者による弁済は、正当な理由なしに拒めんはずだ!」
「関係ありませんな。ここは私の領内です」
領主は悟る。この男爵は、都合のいい労働力の女性を手放したくないだけだと。
領主が怒りに歯噛みしていたそのとき。
「本人は帰りたいと言ってるぞ」
「げっ?!」
いつの間にか、領主の隣にはユーグが立っていた。
男爵は、ユーグの無礼な物言いに、内心腹を立てながら告げる。
「だから何だ。ここは私の領地だ。決めるのは私だ」
「…おい」
「返さないのか?」
「…おい!」
領主は、二人の応酬を聞きながら硬い表情で中断を促すが、ユーグも男爵も止まらない。
「何度も言わせるな! もう話は終わりだ!」
苛立った男爵が立ち上がり、手元の鈴を鳴らすと、私兵五人が部屋に入ってくる。
「送って差し上げろ!」
領主の脳裏に、忘れたい記憶がよみがえる。
「待て! 早まるな! 本人が帰りたいと言っとるんだ! 悪いことはいわんから、とにかく解放しろ!」
領主も立ち上がり、必死の様相で説得するが、男爵は聞く耳を持たない。
「脅しのつもりか? 話にならんな!」
ヒートアップしていく領主と男爵を尻目に、ユーグが目を閉じ、静かにつぶやく。
「そうか。いいんだな…?」
それに気づいた領主が戦慄する。
「げえっ?!待て待て待てっ!まだ話は終わっとらん!待て!!」
「くどい!!」
必死の制止もむなしく、その時は訪れた。
「やるか」
「よせええええええっ?!!」
数分後。男爵の私兵十数人が、全員、館内の床の上に転がっていた。
「あ、あわわわわわわ……?!」
男爵は腰を抜かし、床に尻餅をついている。
「だから言っただろうがああああっ?!!」
領主は両手で頭を抱え、天井に向かって絶叫した。




