Chapter 5 買い戻し行脚(前編)
「ごごごご、ご用件は?!」
支配人は、恐怖しながらも何とか用件を尋ねる。
「奴隷を全員解放しろ。こいつが買い戻す」
「ぐえっ!」
ユーグが領主の襟首を掴んで突き出すと、支配人はひきつった笑顔で訂正しようとする。
「あ、あのう?奴隷ではなく、債務奉公――」
「あ?」
「っひ?!し、しばしお待ちを!」
支配人はユーグの反応に背筋を伸ばし、すぐに書庫へ走る。
ユーグに威圧する意図はなかったのだが、支配人はそう受け取らなかったらしい。
数分後、支配人が息を切らしながら戻ってくると、ユーグに向かって言いにくそうに告げた。
「そ、そのう……。実は、既に顧客に譲渡済の契約が殆どでして……」
「売ったのか?」
「……はい」
「誰に売ったかは追えるな?」
これまで黙って様子を見ていた領主が、顔色を変える。
「お、おい? お前、何を考えている?!」
「買い戻せと言っただろ」
領主の顔が真っ青になる。
「ば、バカを言うな!既に譲渡済なのだ!できるわけが――」
「なら、お前が客と交渉しろ」
「はあ?!」
「俺も行く」
領主は顔を引きつらせ、何も言えなくなった。
ユーグは、債務奉公人たちの譲渡記録の写しを手に、馬車へ乗り込んだ。領主はもちろん、リタも一緒である。
これから、譲渡先の顧客の住所すべてを馬車で訪ね、債権の買い戻しを行う行脚が始まる。
出発前に顧客の住所から行程を計画した結果、父親の奉公先への訪問は最後となった。
また、街を出る前にリタの債務奉公契約は破棄された。
商人は、リタに債務が無いことを知った上で酷使していたが、それを合法と認識していたらしい。
領主から、リタに父親の債務を負わせたことは違法であったことを聞くと、青ざめ、あっさりと契約を手放した。
ユーグたち三人が馬車で街を出発する。
馬車の中、リタはユーグの隣に座り、領主はユーグと向き合う形で座っている。
契約から解放され気が楽になったのか、リタは興奮した様子で窓に張り付き、外の景色を眺めている。
ユーグは、譲渡記録の写しを見ながら紙に何かを書いている。
向かいに座る領主は、ずっと頭を抱え、俯いている。
街を出てから約一時間後、一人目の顧客の家に到着する。顧客は、ローレライではそれなりに名の通った商人だった。
顧客は突然の来訪に驚いた。領主の名と顔は知っていたが、用心棒らしき大男と、下働きらしき少女を連れている。
顧客は、何の一行だ?と怪訝に思いながらも、三人を応接室に通した。
応接室。領主は早速、以前ベルク商会から譲渡された債務奉公契約について、債権を買い戻したいと顧客へ伝えた。
顧客は初め驚いた様子だったが、少し考えた後に領主へ告げた。
「さて、事情はとんと存じ上げませんが。倍額なら応じましょう」
「ば、倍額だと?!」
「それはそうでしょう。こちらは手続きや受け入れの手間、将来の労働込みで契約を譲り受けたのですから。新しい働き手を探す費用もありますし」
領主が膨らませて売った債権が、今度は買い戻し価格を上乗せされ、自身へ返ろうとしている。
領主が「さすがに高すぎる。無理だ」と言いたげな目でユーグを見る。
顧客は、用心棒を使って威圧するつもりか?と身構えるが、ユーグは領主を見返すだけで何も言わない。
顧客は、こちらではなく領主を威圧するのか?と疑問に思った。まるで、領主の方が男に怯えているようにも見える。
債権買い戻しの話がまとまると、奉公人の女性が部屋に呼ばれる。領主が女性に事情を話す。
「…お前が債務を負うに至った原因は、私が意図的に作ったものだ。だから、私の責任で債務奉公を終わらせた」
領主は、債務奉公制度を悪用し、意図的に債務者を作り出していた事実を、この場で白状した。ユーグは何も言わない。
「…お前はどうしたい?」
領主が女性に尋ねる。
女性は領主を責めるでもなく、ただ一言、絞り出すように告げる。
「家に…故郷に帰りたいです」
その後、本人の強い希望により、故郷であるハルデン領内へ女性を送り届けることとなった。
女性は無事に家族と再会した。領主は、泣きながら抱き合う女性とその家族の姿を見ていた。
馬車に戻り、次の目的地に着くまでの間、領主は口を開かなかった。




