Chapter 4 買い戻せ
時は、ユーグが館に再度来訪する約二時間前にさかのぼる。
館の門前、年嵩の門番が若い門番に話を振る。
「さっきから館の中が騒がしいな」
「また領主様が癇癪起こしてるんじゃないっすか? あの人短気だから」
「ははっ。違いない」
やがて館の中から聞こえていた喧騒がやむと、館の中からユーグとリタが出てきた。
ユーグは若い門番の前で立ち止まると、門壁に立てかけてある自分の刀を指して言う。
「野暮用ができた。それ、まだ預かっといてくれ」
「は?用事はすんだんじゃないのか?」
「後で戻る」
ユーグはそう言うと、そのまま門の外へ出ていく。
「お、おい!」
リタが門番二人にぺこりと頭を下げ、ユーグの後を追っていく。
「野暮用って、なんすかね?」
「さあな」
門番二人は、館の中の惨状に気づく由もなかった。
場所はベルク商会に移る。商会の支配人は頭を抱えていた。
つい先ほど、ユーグに倒された四人の護衛を搬送し、商会に戻ってきたところだった。
「今日は…なんという日だ…」
山賊のような男から襲撃を受け、領主から固く口留めされていた契約書の情報を開示してしまった。
この後、領主から叱責を受けることを想像してうなだれるが、息を吐いて気を取り直す。
「仕方がない。不可抗力だ。領主様も分かってくれるさ」
小声で独白していると、扉の外に人の気配を感じた。これだけ酷い目に遭ったのだ。神様が大口の顧客を連れてきてくれたのかもしれない。
扉が開く。支配人はいつもの営業スマイルを作って出迎える。
「いらっしゃいま――」
「支配人はいるか?」
「せええええっ?!!」
神は甘くなかった。
支配人は、ユーグとリタを応接室に通した。
応接室のテーブルの上には、上等なクッキーが入った器と、紅茶が入ったカップが置いてある。
リタがクッキーをちらちら見ていると、ユーグが器ごと手に取り、リタの膝の上に置く。
「俺はいい」
「あ、ありがとうございます!」
リタは目を輝かせ、夢中で食べ始める。甘いものは久しぶりだった。笑顔がこぼれる。
「あ、あのう?今回はどのような…?」
支配人が、恐る恐るユーグに尋ねる。
ユーグは、商会から受け取ったリタの契約書の写しを見せる。
「偽物なのか?」
「…は?」
「領主に見せた。そしたら偽物だと言っていた」
「いいっ?!!」
ある程度覚悟はしていたが、支配人にとって最悪の情報だった。
しかも、よりによってそんな苦しい嘘をついたのか、あの領主は、と内心毒づく。
「あ、あー、その、ですねえ…」
歯切れの悪い支配人を、ユーグはじっと見ている。返事を待っているようだ。
支配人は思考を巡らせる。本物だと答えれば領主を裏切ることになる。
しかし、目の前の男は護衛四人を一瞬で片づけた化け物である。下手に誤魔化せば今度は自分の身が危うい。
板挟みの中で支配人が出した結論は、
「本物です!証拠に領主様の支払い証書をお持ち致します!」
この時、支配人を動かしたのは道徳心ではなく、純粋な生存本能だった。
支配人の答えを聞いたユーグは、今回はずいぶん話が早いなと、少し意外そうな顔をしていた。
場所は館の門前に戻る。
ユーグとリタが去った後、館の使用人が慌てた様子で門を走り抜けた。門番二人は顔を見合わせたが、そのまま業務に戻った。
そうしていると、今度は先ほどの使用人が医者を連れて戻ってきた。
顔見知りの医者だったこともあり、門番二人は特に事情を聞かずそのまま通した。
「領主様、今回はずいぶん派手に癇癪起こしたみたいっすね」
「ああ。困ったものだ」
それからしばらく経った後、ユーグとリタが戻ってきた。ユーグが門番二人に尋ねる。
「いいか?」
「あ?ああ。戻ると言っていたな。入れ」
年嵩の門番が答える。
「助かる」
ユーグとリタは門を通り、領主がいる執務室へ向かう。本日二度目の来訪である。
時は戻る。
「本物だったぞ」
「なあっ?!!」
執務室の扉が急に開き、ユーグが現れる。
その手には、領主本人の署名が入った、リタの契約の支払い証書が握られている。
ユーグとリタが部屋に入ると、リタは前と同じように部屋の隅へ移動した。
「き、貴様!帰ったのでは――」
「リタの契約を売って、金を受け取っているな?」
ユーグは取り合わず、支払い証書を机の上に置く。
領主が反論できずに固まっていると、ユーグは質問を続ける。
「なぜ借金のない娘が、債務奉公人になっている?」
領主は相変わらず黙っていたが、やがて重い口を開いた。
「…父親だけで債務を履行できない以上、家族も債務奉公に入るのは正規の処理だ。本人の借金である必要はない!」
「それはどこに定められている?」
「領主である私の裁量だ!」
「裁量で決められることじゃないだろ」
領主は言葉に詰まる。この男には権威が通じないことを忘れていた。
「仕方なかろう!そうでもしなければ債務を回収できんのだ!」
ユーグの目つきが変わる。法的根拠はなく、回収するための処置だと領主が認めた瞬間だった。ユーグは質問を続ける。
「なぜ父親は払えない?」
「個々の家計事情までは知らん!」
「徴税台帳を見せろ」
「っぐ?!」
領主の顔が、目に見えて青ざめた。
徴税台帳を開くと、次の事実が発覚した。
まず、税額がある時期から急激に増額されている。
それにも関わらず、戦争・災害など、税額を引き上げる理由となる特記の記載がない。
更に日付を照合すると、増税の直後に父親が債務不履行になっている。
ベルク商会の記録で確認した「領主から金銭で譲渡された契約の債務者たち」も同様に、全員が増税の後に債務不履行となっていた。
「この税額、高すぎるだろ」
ユーグの問いに対し、領主は青い顔のまま答える。
「領地を治めるには何かと金がかかるのだ!」
「何に使った?」
「そ、それは…」
「戦争も災害もないぞ」
「税額をどう定めようと、領主である私の裁量だ!」
「理由はないんだな?」
「…っ!」
「本当の理由は知らん。が、お前は結果を知ってからも続けた」
領主はそれ以上の反論ができなかった。
ユーグはこの件への追及を一旦切り上げ、リタの件に移る。
「もう一度聞く。リタは金を借りたのか?」
「……いや」
「契約したのか?」
「父親が――」
「リタ本人は?」
「……していない」
「リタを商会へ売り渡したな?」
「契約を譲渡しただけだ!」
「金を受け取ったな?」
「……受け取った」
「商会はリタを別の人間へ売った」
「契約上は――」
「奴隷と何が違う?」
領主は答えられない。書類上は債務奉公でも、実態は本人が負っていない債務を背負わせ、本人の同意なく拘束している。
更には家族から引き離し、金銭と引き換えに商会、そして第三者の顧客へ身柄を渡している。
言葉でどう言い繕おうとも、債務奉公制度を悪用した人身売買だった。
「買い戻せ」
ユーグが領主に告げる。
「な、なぜ私が!」
「お前が税額増やしてこうなった」
「そ、そんな金は――」
「売った金があるだろ」
「もう使った!」
「なら借りろ」
絶句する領主を尻目に、ユーグは次にリタへ問う。
「家に帰りたいか?」
「…はい」
「父親に会いたいか?」
「…っ!はい!」
リタが力強く答える。その目には涙が滲んでいた。
「そうか」
ユーグは領主の襟首を掴むと、そのまま引きずるように歩き出す。
「ぐえっ?!お、おいっ?!」
「いくぞ。まずは商会だ」
領主を引きずりながら館を出る。
門番二人は驚き、ユーグを止めようとしたが、
「いい!手を出すな!馬車を出せ!」
領主が叫ぶ。被害が増えるだけだと理解しているのだろう。
門番二人は、戸惑いながらも使用人に命じて馬車を用意する。
ユーグは預けていた刀を回収すると、三人で馬車に乗り込む。
馬車はベルク商会へ向かって走り出した。
場所は再びベルク商会。支配人は椅子に座り天を仰いでいた。その目には力がない。
「今日は…本当に…なんという日だ」
山賊のような男から二度も襲撃を受け、契約情報のみならず、支払い証書という動かぬ証拠まで開示してしまった。
あの後領主がどうなったのかは分からないが、もはやどうでもよかった。
今後の領主との確執より、あの化け物と二度と関わりたくない、という気持ちの方が圧倒的に勝っている。
「おお、神よ。どうか、二度とあの男が現れませんよう…」
支配人は恭しく手を合わせ、祈りを捧げた。
次の瞬間だった。
「支配人はいるか?」
「ぎゃああああああああああっ?!!」
扉を開けて現れたのは、領主の襟首を掴み引きずっているユーグだった。
やはり、神は甘くなかった。




