Chapter 3 領主館
街外れの丘の上に、領主の館はあった。
館に向かって歩いていると、石造りの塀と鉄柵が見えてくる。
門の向こうには広い庭、更に奥には二階建ての館が建っている。
「……大きい」
リタがこぼす。
「ああ」
ユーグは興味がなさそうに応じる。
「あの、本当に入るんですか?」
「ああ」
「領主様の家ですよ?」
「そうだな」
「……」
リタは、更に何か言いかけたがやめる。
そうこうしている内に、二人は門の前に到着する。
「止まれ!」
二人の門番が槍を交差させる。一人は年嵩、もう一人は若い。年嵩の門番が問う。
「何者だ?」
「ユーグ。こっちはリタだ」
「用件を聞いている!ふざけているのか?」
「そうか。領主に会いたい」
「約束は?紹介状はあるか?」
「ない」
「では駄目だ。領主様はお忙しい」
「この契約について確認したい」
ユーグは、ベルク商会から入手した、リタの債務奉公契約書の写しを見せる。写しには、領主であるハルデン男爵の名前と印章が記載されている。
「む…」
年嵩の門番が書類を凝視する。
やがて、自分の判断だけでは追い返せないと考えたのだろう。「ここで待て」とユーグに伝え、館の中に入っていくと、しばらくして戻ってくる。
「お会いになるそうだ。二階の執務室へ向かうがいい」
「わかった」
「おい。その物騒なもんはここに置いていきな」
若い門番がユーグの刀を指さす。
ユーグは何も言わず、差し出された両掌の上に刀を置く。
「うおっ?!お、重っ!」
予想以上の重さに危うく落としそうになり、とっさに体勢を立て直す。
ユーグが年嵩の門番に問う。
「いいか?」
「あ、ああ。通れ」
ユーグとリタは館の使用人に案内され、領主が待つ執務室へ向かう。
道中、リタは恐る恐るといった様子で周囲を見渡していた。
執務室の前に到着したユーグは、扉をノックする。
「入れ」
扉の中から尊大な声が返ってくると、ユーグは扉を開き、中に入る。
「部屋の隅にいろ。そのまま動くな」
ユーグがリタにそう言うと、リタは頷いて部屋の隅に移動した。
「私の名と印章が入った契約書を持っているらしいな?」
領主、ハルデン男爵と見られる初老の男が、執務机に座ったままユーグに問う。
身なりは立派だが、どこか人を見下すような態度が目に付く男だった。もっとも、こういう貴族はローレライでは珍しくない。
「これだ」
ユーグが領主の前に契約書を置く。
領主は手に取り、一通り目を通した後、机に放る。
「確かに、私の名前と印章だ。で、これが何だというのだ?」
「元債務者は父親だ。なぜ、借金のない娘が、債務奉公人として登録されている?」
領主は何も答えない。
「もう一つ。なぜ、お前の名前で発行された契約が、商会経由で大量に流通している?」
「山賊風情が!口の利き方に気をつけろ!」
領主が、お前、という呼称に反応し怒鳴る。山賊というのはユーグの風体を見てのことだろう。
「どうでもいい。なぜだ?」
領主は更に苛立ったが、話を早く終わらせたいのか、舌打ちをしてから答える。
「…個々の契約は担当の者に任せている。私は一件ずつまで把握していない」
「でも、印章があるぞ」
「それは正式な手続きを通った書類に捺されるものだ。私自身が内容を精査したという意味ではない」
「そうか。ならその担当者に聞く」
「何ぃ?」
領主が気色ばみ、身を乗り出す。
自分がここまで遠回しに断ってやっているのに、目の前の男は全く意に介していない。
「どこにいる?」
「この話は終わりだ。帰れ」
領主が会話を打ち切るも、ユーグは全く引かない。
「まだ確認が取れていない」
「いいかげんにしろ!!」
領主が激高する。平民、それも山賊のような男に、ここまで虚仮にされたと感じるのは初めてだった。
領主が手元の鈴を鳴らすと、執務室の中に三人の私兵が入ってくる。
リタは部屋の隅に座りこみ、不安そうな表情でユーグの背中を見ている。
「多少痛めつけても構わん!この男を叩き出せ!!」
領主が告げ、私兵の一人がユーグの腕を掴んだ次の瞬間だった。
ユーグはその私兵の襟元に手をかけ、背負い投げの要領でもう一人の私兵に投げつけた。
「がっ?!」「ぐはっ?!」
私兵二人が重なるように倒れる。
「な?!」
次に、呆気に取られている私兵の槍を掴む。
「は、離せ!」
ユーグは答えずに私兵を蹴り飛ばし、槍を奪う。
ユーグはそのまま扉に向かって走り出すと、順次入ってくる私兵に槍の柄を叩きつける。私兵が床に倒れ悶絶する。
「な…な…?!」
領主はその場から動けない。
ほどなくして、戦闘は終わった。館の中に駐在していた私兵十五人が、全員、館内の床の上に転がっている。そこかしこから呻き声が聞こえる。
ユーグは軽く息を吐くと、折れた槍をその辺に放る。
そして、
「担当者は?」
領主への質問を再開する。
「…ぐっ?!」
領主は明らかに怯えている。先ほどまでの尊大な態度は見る影もない。追い詰められた領主は、苦し紛れに言葉を発した。
「こ、この契約書は偽物だ!」
「偽物?」
「そうだ!商会が勝手に作った写しだ!私は関与していない!」
契約書の写しを手に叫ぶ領主の手が震えている。
ユーグは領主の手から契約書を奪うと、そのまま何も言わずに踵を返し、リタに声をかける。
「いくぞ」
「…え?帰るんですか?」
「ああ」
領主は固まったままユーグとリタが部屋を出るのを見送る。とっさに浮かんだ嘘であったが、なぜか通じたらしい。
「…ふ、ふん。所詮は蛮族か」
余裕を装うも、部屋の惨状を前に震えは止まらなかった。
ユーグとリタが執務室を出て約二時間後。
「まったく、何だったのだあの男は…」
負傷した私兵の搬送と執務室の片づけが終わり、ようやく静寂が戻った後、領主は椅子にもたれて一人ぼやいていた。
ともかく危機は去った。しばらくは夢に出そうだが、今日はもうさっさと酒を飲んで寝てしまおう。
そう考えたときだった。
「本物だったぞ」
「なあっ?!!」
急に扉が開き、ユーグが現れた。
その手には、領主本人の署名が入った、リタの契約の支払い証書が握られていた。




