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Chapter 2 ベルク商会


商会の中は、静かだった。

正面には受付、その奥には事務作業机と椅子がいくつも並び、従業員が帳簿をめくる音と羽ペンが紙を擦る音が響いている。

時折、従業員同士の小さな話し声も聞こえる。


ユーグは、まず受付の女性へ話しかける。

「こいつの債務奉公の契約書を確認したい」

受付嬢はユーグと少女の風体を見て少し怪訝な顔をするが、すぐにいつものペースに戻る。

「では、まずご本人確認を、お名前から」

少女が名前を答える。リタというらしい。

受付嬢が該当者を台帳から探す。次に父親の名前や出身地を照合し、身体的特徴が一致していることも確認し終える。

「間違いございません。こちらで取扱い履歴のあるご契約ですね。少々お待ちください」


受付嬢が奥に引っ込み、上司と見られる男と話している。どうやら業務ルールらしい。

しばらく待っていると、商会の支配人と名乗る男がユーグとリタの前に出てきた。

「債務奉公契約書の閲覧をご希望で?」

支配人は、明らかに営業用と分かる笑顔浮かべ、ユーグに向かって話し始める。

「ああ」

「こちら、既に譲渡済の契約でして、現在は当商会の管理下にないのですよ」

「ここで扱った記録はあるだろう。控えが残っているはずだ」

「ですが、当商会は契約を仲介しただけでして、内容の責任を負う立場では――」

「責任の話はしていない。契約を見たいだけだ」

支配人の笑顔がわずかにひきつる。

「契約内容は、正式な手続きを経て当商会で確認しております。問題は――」

「なら見せられるだろう」

支配人の顔から笑顔が消える。

これまで、のらりくらりと躱そうとしていたが、ユーグの追及に開き直ったかのように告げる。

「契約書は商会内部の記録となります。原則として外部に開示しておりません」

「契約者本人にも?」

支配人はその問いに答えない。事務的な態度を崩さず言い放つ。

「お引き取りを」

「答えになっていない」


「お引き取りを!」


声が商会内に響き、従業員たちが一斉に顔を上げる。

「誰か!」

支配人は一方的に話を打ち切ると、護衛を呼び出す。

護衛は男四人。腰には棍棒を差している。

「お客様がお帰りだ!外に放り出せ!」

先ほどまでの紳士的な態度はなくなり、支配人は乱暴な口調で護衛に命じる。

護衛たちがユーグとリタの前を覆うように立つ。

リタはユーグの後ろに隠れ、震えている。

「下がってろ」

ユーグがリタを部屋の隅に逃がす。それを見た護衛の一人が気色ばむ。

「なんのつもりだ!」

抵抗の意思と受け取ったのだろう。護衛がユーグの肩を無造作に掴んだ、そのとき。


「……え?」


目の前の男が、無表情で自分の目を見ている。

それだけだったが、護衛はなぜか悪寒を感じた。


ドゴッ!!


強烈な前蹴りが護衛の腹部に直撃し、吹き飛んだ。受付机に背中からぶつかると、そのまま動かなくなる。

受付嬢が悲鳴を上げる中、ユーグは固まっているもう一人の護衛の襟首を片手で掴み持ち上げると、そのまま別の護衛に向かって叩き込んだ。

「っぎゃ?!」

「がっ?!」

二人そろって床に転がる。それを見た最後の護衛が、ようやくユーグに反応する。

「き、貴様!!」

しかし、護衛の目に映ったのはユーグではなく、自分に向かって飛来する木椅子だった。

木椅子が顔面に直撃する鈍い音がした。仰向けに崩れ落ちる。

護衛がユーグの肩を掴んでから、わずか数秒の出来事だった。

ユーグは息一つ乱していない。


「…は?」


支配人が間抜けな声を上げる。目の前で何が起きたのか、脳が処理を拒んでいるような顔だった。

ユーグが支配人に向き直ると、今度は悲鳴を上げる。

「ひっ?!」

「契約書」

「…は?」

「こいつの契約書。どこだ?」

ユーグは、壁際で目を丸くしているリタを親指で指す。

「?! は、はい! いいい、今すぐに! おい!」

支配人が慌てて受付嬢へ指示を出す。

受付嬢は震えながら台帳を抱えて書庫へ向かうと、すぐに契約書の控えを持ってきた。

「いいか?」

「は、はい」

ユーグが隣に立つリタに尋ねる。リタが答えると、ユーグは内容を確認し始めた。


まず、元債務者は父親となっている。やはりリタに借金はない。

更に、リタ本人の署名もない。これもリタの証言と一致する。

それにも関わらず、リタが債務奉公人として登録されている。


「おい」

「は、はい!」

支配人が背筋を伸ばして答える。

「本当にこの契約を、客へ譲渡したのか?」

「そ、それは…」

「見せろ」

「はい?」

「譲渡記録。残ってるだろ」

ユーグが目を細めると、支配人は怯えた様子で答える。

「は、はいい!ただいま!」

今度は支配人自ら書庫に向かう。

「こ、こちらになります!」

ユーグが受け取り、内容を確認する。

そこには、リタの契約が商会から商人へ譲渡された事実と、商人から商会へ金銭が支払われた記録が記載されていた。


ユーグは情報を整理し、現時点での結論を出す。

借金のない少女が、本人の同意なく債務奉公人として登録されている。

そして、その契約と本人の身柄が、商会を介し、金銭によって商人へ流通している。

そもそも、この異常な契約は、どこから商会に持ち込まれた?


「受入記録を見せろ」

ユーグは次に商会の受入記録を確認する。

記録によれば、リタの契約内容を作成・発行したのはこの町の領主である「オスカー・フォン・ハルデン男爵」。

ベルク商会はハルデン男爵から契約を買い上げ、顧客の商人へ流通させていた。

そして、ハルデン男爵からは、ある時期を境に債務奉公契約が大量かつ継続的に商会へ持ち込まれていた。

更にいえば、受入記録に記載されている債務奉公契約は、全てハルデン男爵の名前で商会に売却されていた。


「多いな…」

ユーグがつぶやく。そして、支配人に最後の問いを投げた。


「この領主はどこにいる?」

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