環状線駅
また乗れなかった。
終電近い地下鉄の、誰も居ない駅のホーム。
目の前には、停車する電車の扉。
間もなく音を立てて扉が閉まるタイミングで。
「あー、待って下さいー……」
と、妙に黒尽くめで不吉な少女が傍らを駆け抜けていき、電車へと飛び乗る。
「はぅー良かったー、これで仕事に間に合いましたー」
と、安堵する少女を前に、音を立てて扉は完全に閉まる。
そして彼女を乗せた電車が目の前を通り過ぎていく。
そして、そのすぐ後に。
《――次の駅にて列車事故が発生した為、各駅での運行に遅れが生じる事があります――》
と、アナウンスが流れた。
僕はそれを呆然と聞き流す。
やがて、また電車が目の前にやってくる。
僕の他には、誰も乗る人など居ないだろうに、しかし律儀に電車は定刻通り止まり、僕の前で扉が開く。
そして、僕の目線の先で一人の女性と眼が合った。
「あ」
彼女も僕の視線に気が付いて、声を漏らす。どうにもばつの悪そうな表情で。
「……えーっと、その、久しぶり」
と彼女は挨拶をするが、僕は声を発しない。
「何よ……まだ怒ってるの? 過ぎた話でしょ、私は新しい相手を、貴方は仕事を取った、それで和解したじゃない……」
苛々としながら彼女は早く閉じる事を願うように、チラチラと扉を見る。しかし。
《――申し訳ありませんが、次の駅でトラブルがあった為に、出発を後らせ――》
と、彼女の願いに反してアナウンスが駅に流れる。
「まったく……」
彼女は溜息と共に呟いて。
「……ええっと、さ。久しぶり、ほんと偶然だよね!」
改めて、少し笑顔で彼女は挨拶をしてきた。
「そっちは、どう? 仕事は順調? ってか、アンタそれし取り柄が無いもんね」
押し黙る僕の余所に、彼女は一方的に話しかける。
「私はさ……その、実はあいつとは別れたんだよね」
呆れるような笑顔で彼女は笑い飛ばす。
「やっぱさ、紐男は駄目だねっ! 口先ばっかりでさ、追い出して清々した、やっぱ仕事人間でもちゃんと私を見てたあんたの方が……ぁ」
また、彼女は笑顔を強張らせて、声のトーンを落とす。
「えと……そのさ、そっちは元気でやってるかな? 私の方は、ちょっと疲れちゃったかな」
彼女と僕はちょっと昔まで付き合っていた。
二人とも仕事が忙しく、互いに合える時間が無くなって、そしてすれ違って……お互いに訳も分からない内に分かれた。
それ以降会う機会も無かったのだが、こうして偶然終電間際の駅のホームで出会ってしまったのは、何か運命めいた物を感じずにはいられなかった。
それは彼女も同じようで。
「ねぇ、また昔みたいに飲みに行かない?」
思いついたように、彼女は提案してくる。
「あ、明日仕事があるんだっけか……ならさ、私の家、来ない? 途中でお酒買ってさ」
彼女は伏し目になって、弱弱しく言葉を続ける。
「アンタが使ってた部屋、まだ、残ってるし……」
もし断られたらどうしよう? と、そんな心の不安が言葉の節々で感じ取れるような、そんな弱気な発言だ。付き合った時もそうだった。仕事で失敗して、弱気な彼女を励まそうと彼女の家で朝まで飲んで、そして付き合う形になったのだ。
多分きっと、この一歩踏み出して一緒に電車に乗り込み、彼女と朝まで飲み明かしたら、また元通りの関係になるんだろう。
それはそれで、凄く楽しそうで――。
でも、またそれは一時的な物で、また振られるのかもしれないと考えると背筋が凍りついて。
目の前で、やや怯えるようにこっちを見つめる彼女に近づいて、安心させてやりたくて、動け動けと足に命じるが、頭の奥底では踵を返してここを後にしろ、駅から出て行けという。
「――そうか、やっぱアンタは忙しいよね」
そう悲しげに呟く彼女の声に胸が締め付けられて、進め進めと足に命じるが、一向に体は前にも後ろにも動かない。
そして。
《――お待たせしました、間もなく出発いたします――》
そうアナウンスが流れて、扉が閉まり始める。
丁度その時。
「あー待って下さいー……」
と、僕の背後から、全身黒尽くめの、妙に不吉な少女が現れて、電車に飛び乗る。
「はぅー良かったー、コレで仕事に間に合いましたー」
と、飛び乗った電車の中で安堵して。
「貴方は乗らないのですかー?」
と僕に尋ねる。
僕は薄々気づいて居た。
この少女は死神なのだ。彼女の言う仕事とはおそらくこの後の。
そうこうしている内に、音を立てて扉が閉まり、彼女を乗せた電車が目の前を通り過ぎていく。
そして、そのすぐ後に。
《――次の駅にて列車事故が発生した為、各駅での運行に遅れが生じる事があります――》
と、アナウンスが流れた。
きっと彼女を乗せた電車が事故を起こしたんだろう。
でも二度と会えなくなる訳じゃない。
僕が、アナウンスを呆然と聞き流していると。
やがて、また目の前に電車がやってくる。
彼女を乗せたあの電車が。
きっと、僕が電車に乗り込むか、この駅を立ち去るまで、何度も。
〈END〉




