6.
グッズの出費がえぐいのだ
ノートパソコンをカバンに滑り込ませ、迷いのない足取りで立ち上がった楓の後を、凪は慌てて追いかけた。
車内は、突然の急停車さのせいで、乗客たちの不安げな囁き声が満ちている。
皆、自分のスマートフォンに釘付けになっており、二人が座席を立って隣の車両へ移動し始めたことに気づく者は誰もいなかった。
連結扉を開けて隣の車両へ。
そこも、さらにその奥の車両も、昼下がりの時間帯ということもあって乗客の姿はまばらだ。
「なんで電車が止まったのか検討でもついたんですか?」
「......? いいえ?」
あっけない返事に凪は拍子抜けする。
電車の最後尾につくと乗客は誰もいない。
「運がいいですね、誰もいません。ノヴァの集めたタイムラインでは警察が介入してきているとのことでした。私たちは未登録者ですから、彼らに会うのはなるべく避けたいですし」
「でもなんで警察が......」
「この場所がどこかわかりますか? 地下に入ってすぐの場所です。地上へつながる出口は殆どふさがれています。こういう時は、大体......何らかの事件の犯人か誰かがこの地下線路内に逃げ込んだのではないのでしょうか」
憶測では語りたくありませんが、と付け加える。
「電車が停止した理由、全然アナウンスされないし」と呟いて凪は考えこんだ。
「まあ、警察が車両の中にやってきて私たちを調べるといことはしないと思いますが、念のために最後尾に」
「あー。最後尾にいれば、あっちから検問が始まっても、ここに辿り着くまでに一番時間が稼げる。その間にずらかる方法を考える、と」
楓は満足そうに微笑んだ。
「用意周到というか、早とちりすぎるというか」
「予測して早めに動くのが私ですので」
そして凪が黙り込んだのを見て、楓はふと一年前の彼を思い出した。
彼とは荒みきっていた日に出会った。
最初、清月工房にきた凪は不良といえる少年だった。
言葉遣いも荒く、今の正義感溢れる雰囲気とは似てもつかない。
先ほど老人を助けていたところを見て、楓は彼の成長に感慨深くなる。
「......ねえ、楓さん」
凪の声が低くなった。
「何でしょう」
「知らない人がいるんですが」
電車の前方方向を振り返る。
そこには堂々として立つ男の姿があった。
仕立てのいい上着をルーズに着崩し、人懐っこい笑みを浮かべたその男はひらひらとこちらに手を振る。
「ひっさしぶり、楓。そしてそっちの少年が、しずなの言ってた凪くんかな?」
「本当に久しぶりですね。空間移動の持ち主さん」
「え、能力者?」
警戒しなくていいぞ、と男は笑いながら、二人の前まで歩み寄ってきた。
「楓はいつになったら名前で呼んでくれるんだか。俺は 薬師神 晴世。空間移動つっても大したことはできない。でも、よろしくな凪くん?」
「よろしくお願いします......?」
「自己紹介が済んだなら、そろそろ要件を言ってはいかがでしょうか」
「相変わらず俺に対しては冷たいな」
凪が混乱し、二人を見比べる。
一方は細身で女性と間違われやすく警戒中の楓、もう一方は、ガタイがよく笑顔を絶やさない薬師神。
「えーと、本当に楓さんの知り合い?」
「確かに意外かもしれませんが、数少ない古い知人です。今は能力を用いて裏で情報屋と運びをやっているようですが」
「意外なのかよ。ま、今俺に質問したいことや言いたいことはたくさんあるだろうが、時間はない。特に楓はとんでもないものを持ってるみたいだしな」
薬師神がシートに置かれた楓のカバンに入っていたバッジを取り出して地面に打ち付けた。
そしてそのまま足で踏む。
一瞬の出来事に本来なら追いつけるはずの凪も置いていかれる。
何故そのようなことを、と楓は言葉を発しそうになったが結局何も言わなかった。
粉々になったバッジの中からとても小さく黒い何かが飛び出ていた。
「......」
「これ、レコーダー?」
「いや、位置情報発信機だ。今までのはここまで小さくなかったが連中、技術上げてやがるな......」
薬師神は砕けた破片を靴裏で払うと、笑顔が消えて、少し張り詰めた表情をする。
「面倒な連中に目をつけられたな。さ、手を掴んで。二人を外に連れ出してやる」




