5.
「はぁ、はぁ、……お待たせしました!」
それから数分もしないうちに、正面玄関のガラス扉が開き、凪が息を切らせて飛び出してきた。
改めて楓を見て、凪は少し泣きそうだった。
自分の成績を見られるのが、どうしても恥ずかしいらしい。
「そこまで緊張しなくても大丈夫ですよ」と苦笑する楓に促され、凪は重い足取りで校舎へと戻っていった。
その後、進路指導室で行われた三者面談は、凪の予想通り、担任教師からの手厳しい小言のオンパレードとなった。
返ってきたテストの点数はどれも惨憺たるもので、進路希望調査票の欄も白紙に近い。
教師から次々と飛んでくるお説教を、凪は小さくなって聞き流し、楓は保護者席で「家でもよく言い聞かせておきます」と大人の対応に徹した。
進路については詳しく話し合う必要がありそうだ。
だがそれ以外に特に大きな波乱もなく、面談はものの二十分ほどで淡々と終了した。
「うう、死ぬかと思った……楓さあああん」
「私は起こりませんが、陣さんに詳しく今日のことはお伝えしておきますね」
「それ一番だめなやつですってえ」
そこからは他愛のないやり取りをしながら駅の改札を通り、二人は工房へ戻るための電車に乗り込んだ。
昼下がりの車内は、朝の混雑が嘘のように空いている。
楓は揺れが少ない電車のシートに腰掛け、持ってきていたノートパソコンを開く。
電車が地下に入ろうとして真っ暗になった時だった。
―――キィィィィィィッ
激しい金属摩擦音が車内に響き渡った。突如としてかかった猛烈な急ブレーキ。
「うわっ」
「......っ」
ぼーとしていた凪は衝撃で目を覚ます。
それと同時に、向かいに座っていた老人が勢いで床へ投げ出されそうになった。
危ないと思った瞬間には凪の体が動き、倒れこみかけた老人の腕をしっかり掴んで支えた。
「......っと、危ねえ。大丈夫ですか!」
「あ、ありがとう、驚いたねぇ......」
電車は完全に停車し、車内には「急ブレーキがかかりました」とアナウンスが流れ始めた。
「さすがですね、凪。咄嗟に身体が動くのは良いところです」
乗客たちは一様にスマートフォンを取り出して運行状況を調べ始めていた。
なぜ急ブレーキがかかったのかは詳しくアナウンスされない。
楓もまた、手元の画面に視線を落とす。
ノヴァが自動で更新しているネット上のタイムラインには、この電車の急停車に関する書き込みが、数秒遅れでパラパラと表示され始めていた。
『おい地下鉄止まったんだが』
『しかも理由わからんし』
『これいつ次の駅につくの?』
理由も明かされずに止まっているのでしばらく時間がかかりそうだなと楓は思って小さく溜息をつく。
「……あれ? おかしいな。スマホどこだ」
そう言いながら凪がポケットから引っ張り出したのは、クシャクシャになった数枚のプリントと、小さな金属の塊だった。
それが座席の上に転がった瞬間、拾おうとした楓の指先がピタリと止まった。
それは昼助けた男子生徒のもっていたバッジと同じものだった。
「......凪、これは?」
バッジをつまんで顔の正面まで持ってくる。
「ああ、それはなんか勧誘受けたついでにもらったんですよ」
「なんの勧誘でしょうか」
「宗教じゃなかったけど、宗教ぽかったというか雰囲気がまあ怪しい集団だったんで断ったんですがポケットにそれ入れられて」
どこかで見覚えがある。
けれど、どうしても具体的な名称や場所が脳裏に浮かんでは消えていく。
何か不思議な縁を感じてしまうバッジを見て、そのままカバンのポケットにしまう。
「預かりますね」
「ど、どうぞ?」
膝の上のノートパソコンから微かなビープ音が鳴った。
ノヴァの自動更新画面に、新着のタイムラインが凄まじい勢いで流れ込んでくる。
『待って、地下鉄の線路内に警察がめちゃくちゃ入ってきてるんだけど』
『なんか銃持ったガチガチ装備の人たちみたいなのも見える、何が起きてるの!?』
『ちょ、まじでだれかちゃんとした情報おしえてくれえええ』
「はあ、凪。行きましょう」
「どこにですか?」
「人がいない車両へ」




