2.
炭酸水うまい。
翌日。
昨夜の賑やかなすき焼きパーティーの余韻を残しながらも、『清月工房』にはいつも通りの穏やかな朝が訪れていた。
コン、コン、と繊細な金属音が工房の奥から規則正しく響いている。
リーダーの陣は、作業机に向かい、ガラス細工のバリを静かに削っていた。
彼の能力は政府には「手先の器用さを向上させる微細なもの」として低ランクで登録されている。
将来の仕事を国に指定される一歩手前で、実家の工房を継ぐという大義名分を得て難を逃れた口だ。
彼が裏で発揮する真の戦闘指揮能力などは政府のデータには一行も記されていない。
そもそも能力者かどうかも怪しいと言われていたが、検査したらしっかりと力はあったそうだ。
「楓、コーヒーの淹れ直しはいるか」
コーヒーカップが空になってるのが見えたのだろう。
カウンターの端で、静かに新聞をめくっていたアイデンが声をかけた。
彼も能力者であり、楓と同じく能力未登録だ。
「いえ、大丈夫です」
工房の特等席とも言えるデスクでノートパソコンを開いていた楓は、長い茶髪を耳にかけながら、画面から目を離さずに応えた。
楓が断ると、アイデンは「そうか」とだけ短く返し、静かに新聞へ視線を戻した。
過度な接触を嫌う彼らしい、いつも通りの、淡々とした静かな距離感。
凪やチェリ、しずなは七時を回ってもまだ寝ていた。
凪に関しては学校があるというのに。
ふと時間に気が付いた楓は溜息をついて、ノートパソコンの奥に眠っていた独自のAIを呼び出した。
「ノヴァ、凪を起こしてきて」
『了解しました、マスター』
ノートパソコンのスピーカーから、機械的でありながらどこか愛嬌のある電子音声が返る。
楓が自ら組み上げた独自のAI『ノヴァ』は、この清月工房のネットワーク全般を管理する、いわば楓の右腕だった。
次の瞬間、凪の部屋のスマートスピーカーが大音量でロック音楽を流し始めた。
重低音が低く響いてくる。
さらに、ノヴァの操作によって凪の部屋の電動カーテンが勢いよく開け放たれたのだろう。
「うわああああああああ 眩しい! ノヴァ、あと五分……いや、十分待って!」という凪の悲痛な叫び声が、廊下を通じて工房まで聞こえてきた。
「よく朝からあんなに大きい声を出せるな」
とアイデンはふっと笑う。
『マスター、気になるニュースが上がっています。見ますか?』
「......頼みます」
『わかりました。テレビに転送します』
写しだされたのは見慣れた朝の報道番組のスタジオではなく、ヘリコプターから見下ろした凄惨な事件現場の生中継だった。
画面上部には、一際目を引く真っ赤な『緊急速報』の文字。
『――番組の途中ですが、緊急ニュースをお伝えします。本日未明、政府の能力管理庁・第一保管庫が、何者かによる襲撃を受けました』
女性キャスターの、いつになく強張った緊迫した声がスピーカーから流れる。
その瞬間、コン、コンと規則正しく響いていた金属音がピタリと止まった。
新聞を捲るアイデンの手も完全に止まり、その切れ長の瞳がわずかに細められる。
『犯行声明は出ていませんが、警備に当たっていた登録能力者数名が重傷。現場からは、政府が「危険度A」に指定し、厳重に封印管理していた未登録の桜雨による遺物が強奪された模様です』
画面が切り替わり、激しくへし折られた頑強な防爆シャッターと、今なお黒煙を上げて炎上している政府施設の映像がクローズアップされた。
国の最高峰を誇るセキュリティが、まるで紙切れのように跡形もなく蹂躙された証拠だった。
「......っ」
楓は思わず目をふさぐ。
彼の持つ能力がテレビの画面越しだというのに、その現場の歪みを捉える。
それも波紋のように広がり続けるものだった。
「楓、どうした?」
楓の少しの呼吸の速さに気が付いたアイデンが、即座に新聞を置いてデスクへと近づいた。
「何かがおかしいです.......あの場所は」
数年前、桜雨が降って能力というものが世に判明して間もない頃。
まだ国が能力の扱いを決めあぐねていた混沌と混乱の一年。
東京で大規模なテロが起こった。
能力者によるその未曾有の惨劇は、一瞬にして都市の平穏を焼き尽くし、社会に消えない恐怖を植え付けた。
だからこそ、政府は二度とあのような悲劇を起こさぬよう、能力者を徹底的に管理し、監視下に置くシステムを作り上げたのだ。
今回の襲撃事件は、あの東京の大規模テロを彷彿とさせるほどの、不穏な空気を含んでいた。




