15.
小説ゆっくり読みたいのにいつも早く読み終わってしまう......
「はあ、もういい。秋月さんに聞く」
信頼してないんですねえ、としずなは鳴き真似をするが、宇中はそれを無視した。
「もてなしができなくてすまない。ここにはお茶を出す設備さえないのでね。調査に来たのなら、まず私の息子が使ってたpcと、研究室、それから家の部屋に入ることを許可しよう」
「そこまで立ち入りできるのは助かります。では早速pcを拝見しても?」
宇中教授は重い腰を上げると、部屋の隅にある、一台のデスクトップPCを指差した。
画面は暗く、シャットダウンされている。
「これであの日奥と会話してたってわけ? ってかまず二人はどうやって知り合ったのさ」
「それを探りに今から行くのですよ」
楓は小さく苦笑しながら、電源ボタンに指を掛けた。
「会話をしていた形跡は、私が全てこの目で確認した。画面をそのままにして置いてあった」
宇中教授は腕を組み、画面を睨みつけた。
「画面をそのままに......」
「えー、何でそんなガバガバに......それわざと人に見せようとしたってこと?」
しずなが大きめのトップスの袖口から指先だけをのぞかせ、その萌え袖になった手を口元に当てながら首を傾げた。
「......そうだ。画する気すらなかったのか、あるいは私に見せるためだったのかはわからない。いずれにせよ、警察は信用できん。だからこの画面も見せたくない」
「私達のこともまだ信用できないと思いますが」
「......私には手段がもう少ない。警察に届ける前に最後の足掻きのようなものだ」
ついた画面はパスワードを通すことなく会話ログが流れる画面へと移る。
そこには数日前に途絶えた二人の会話が表示されていた。
「うわあ、暗号化されたチャットルームが開きっぱじゃん......」
「偽装された様子もありませんね」
ルームに並べられた言葉は何か特段気になる会話をしているようには思えない。
日常会話が繰り広げられているだけだった。
「一番最初は......二ヶ月前ですね。はじめましてと挨拶しています。このチャットルームは招待制ですから別ルート、あるいは現実で会った際に案内されたのでしょう」
「なんか、距離近くない?」
会話内容はまるで友達のようで、日常会話に続き、食事の誘いも多い。
日奥は顔が割れているというのに表に顔を出せているのだから驚きだ。
しずなは両肘をデスクにつけて画面を眺める。
「そうですねぇ、でもそれこそが日奥が国外に逃亡せずとも逃げていられる理由でしょうね」
ふと、宇中が液晶の光に照らされた二人をみつめ、口を開いた。
「日奥については、報道で報じられているものはすべて見た。だが、二人は他に情報を持っていそうだな」
「はい。私達は独自の情報網がありますので。それに――そうでないと仕事ができませんから」
データを預かりますね、といって楓は持ってきたタブレットにpcを接続した。
本来なら時間がかかる全データ送信が、ノヴァが裏から通信サポートしてくれたおかげで、ものの数分で仕上がる。
楓は小声で宇中に聞こえないように感謝を伝えた。
「次に研究室の方に行こう。きょーじゅ、よろしくお願いしまーす」
「あ、ああ」
しずなが手を軽く振りながら促すと、しばらく考え事をしていた宇中教授は戸惑いながら頷き、鍵の束をポケットから取り出した。
「え、これもしかしてこのD棟の全部の部屋の鍵だったりします.....?」
「そうだが」
鍵の束がじゃらりと音を立て、しずなが「へえ......」と目を輝かせた。
「このばかでかい棟の管理任されてるんです?」
「日中のな。こっちだ」
理系学部の研究室の約半数がこの棟に集まっているらしく、寝泊まりする人も少なくないという。
廊下に出ると窓から赤い光が差し込んでいた。
「ん、桜雨だ......」
しずなの言葉に宇中は少し肩を震わした。
外は天気雨のように明るい景色のまま、桜の花びらが空から落ちては地面へと消えていく。
「確か、桜雨の被害者は桜雨が降るたびに低気圧で傷が痛むかのように、身体が不調を訴えるそうですね」
「ああ、息子はひどくてな......」
それ以上は何も言わずに窓の外をみて宇中は固まっていた。
「......」
「きょーじゅ?」
「宇中教授、行きましょう」
宇中はハッとしたように我にかえると小さく首を振って、視線を窓から外し、廊下を先に歩き始めた。




