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True Code  作者: 奏雨
〈しずな〉嘘は静かに
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16.

廊下の突き当たり、ひときわ重厚な防音扉の前で、宇中教授は足を止めた。

鍵束の中から一本の鍵を選び取り、扉を開ける。


「ここが蓮の研究室だ。本当はチームで使うものなのだが、私の贔屓で彼には一人で使う用の研究室を与えた」


開かれた扉の先には、精密機器の駆動音だけが響く静謐な空間が広がっていた。

整理整頓はされているが、どこか生活感の欠如した、無機質な部屋だ。


「……私は、これから急ぎの会議と学長への報告がある。すぐに君たちを家には案内は出来ない」


宇中教授はポケットから一枚のメモと、もう一本の鍵を取り出した。


「だが、これが私の自宅の住所と、その合鍵だ。研究室を見終えたら、家の方も自由に出入りしてくれ。祈に出入りされるのは少し癪ではあるが」


差し出された鍵を、しずなは袖から手を出さずに受け取った。

金属の冷たさが袖越しにも伝わってくる。


「いいんですか? 僕たちに、家の鍵まで預けちゃって。……きょーじゅ、意外とガード緩い?」


少しだけ茶化すようなしずなの言葉に、宇中は力なく口角を上げた。


「仕方ないだろう、頼みました。秋月さん」


それだけ言い残すと宇中教授は廊下を足早に去っていった。


「......なんかいつものきょーじゅと違って、鳥肌.......」


しずなは自身の肩をさすりながら、居心地が悪そうに身震いした。


「いつもは自信にあふれてて怖いのに、あんなに弱気の表情されたらこっちがしんどいよ」

「蓮さんのことが大切なのでしょうね」

「......ま、調べるか。これ住所と鍵ね」


しずなは受け取った鍵とメモを楓に手渡すと、気を取り直したようにひらひらと手を振り、開かれた研究室の中へと足を踏み入れた。


「さーて、蓮くんの秘密基地。お邪魔しますね~......やっぱり、この匂い嫌い」


部屋の中はかなりキツめの匂いで満ちている。


「ホルマリンでしょうか」


楓もまた、部屋の中に漂う特有の薬品臭に鼻を抑えた。

だがその匂いにもすぐに慣れ始める。


神経科学の研究室らしく、一般の人間には見慣れない精密機器が整然と並んでいる。

部屋の奥、暗幕で区切られた暗室のスペースからは、共焦点レーザー顕微鏡のモニターが放つ緑色の光が漏れていた。


「脳の神経ネットワークの3D画像ですか、すごいですね」

「僕はここの講義は取ったけど、こんなガチな研究室に入るのはあんまりないな」


しずなは手を後ろにくんで部屋を見渡す。

部屋の大部分は、宇中教授の言う通り完璧に整理整頓されている。

しかし、しずなの目はデスクの端に置かれた、一見するとただの文房具スタンドに留まった。

そこには、大学のロゴが入ったノートが一冊と、すでにインクの切れた油性マーカー、そして――用途の分からない、小さな金属製のピンが数本、無造作に転がっている。


「顕微鏡のセッティング用にしては、少し形状が特殊だねぇ。それに、このノート……」


パラパラとページをめくってみるが、書かれているのは難解な数式と、神経細胞の結合確率を示すグラフばかりだった。

特に手がかりを示すものはない。


「そちらは何かありましたか」


楓が近づいてノートを覗き込んだがしずなは静かにノートを閉じた。


「いや、読解不可能なノートが置いてただけ」

「現時点では、ただの熱心な学生の研究室としかいいようがないですね。何か特別なものが置いてあるわけでもありませんし」

「じゃ、家かな」


楓は分析用のタブレットを片付け、部屋の主電源はそのままに暗室の暗幕をそっと引いた。

緑色の光が遮られ、部屋には冷たい精密機器の駆動音だけが残される。


二人はそれ以上の深追いはせず、次の目的地である「宇中の家」へと向かうため、重厚な防音扉を背にした。

建物の外に出ると、夕暮れ時の空気は驚くほどひんやりとしていた。空は燃えるような茜色から、ねっとりとした夜の群青へとグラデーションを描き始めている。


「……今のところピンとくる収穫はないね」

「純粋な手がかり、あのpcを置いていったことだけが気がかりではありますけどね」


しずなは頷き、空を見上げた。

まだ、微かに桜雨の名残である花びらが、風に舞って二人の足元を通り過ぎていく。


「でも、まだ家がある。それから蓮くんを探せなくても日奧さえ探せれば勝手に見つかるはずだよ」

「ええ、陣さんは忙しいので知り合いに彼の行方を探すよう依頼しました。かなりのやり手ですのでそちらの方面の収穫はあるはずですよ」

「さすが、かえ兄。それじゃ夜になるけど行くか」

「あなたも私を兄と言ってくれるのですか?」


楓が表情を柔らかくし、微笑む。


「だって、凪が言ってたもん。なんか良さげだったし」


勢いで言ってしまって、しずなはちょっと恥ずかしがったがすぐにいつもの飄々とした表情を取り戻し、不敵な笑みを浮かべてみせた。


「バディ感あるし、これからは気分で使い分けていこうかなー」


そう言って楓の先頭にたって、宇中教授の家近くへと向かうバス停に歩き出した。

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