9.
私の体はトマトジュースでできている。
「あの子、連れ去られたの? それとも自ら捕まりにいったというの?」
「連れ去られたのなら、暴れた形跡や俺達への手がかりを残すはずだ」
陣は淡々と答えた。
部屋は元から整頓などされてないが、不自然な点はない。何者かが侵入した跡もない。
凪は自ら出ていった。
そう考えるのが自然だった。
「本当に、なにやってるのよあの子は」
凪はきっと囮になったのかもしれない。
そう思って楓はノヴァで凪のスマホの所在を調べる。
「凪は徒歩で駅に行ったようですね。その後は移動速度を上げていますが、線路ではありませんね。車で移動したようです。場所は......」
臨海地区の、廃棄された地下化学プラントの跡地。
凪の居場所を示す青いシグナルがその場所を指す。
「場所は割れた。シヴォン、しずな、アイデンすぐに出るぞ。楓、お前はここで――」
陣がそう言いかけた直後の光景を、楓は今、アイデンが猛スピードで運転する大型車のシートに身を沈めながら思い出していた。
混雑を極力避けた道で進んでいく。
窓の外は太陽が照っているというのに車内の空気は少し重かった。
『いいえ、私も行きます。現地に行った方がいいこともあるんです』
『......分かった』
『まって、楓の守りはこの人数だと不可能よ』
『いや、問題はないだろう。少なくとも俺は楓を信頼する』
非戦闘員である楓が現場に出る。
そしてそれをリーダである陣は少し迷ったものの許可した。
二人の間にあった、言葉を超えた確信のようなもの。シヴォンにはそれが未だに納得のいかない違和感として、胸の奥にくすぶっていた。
「……ねえ、本当に冗談じゃないでしょうね、楓。自分の身を守りながら私たちのサポートするのは不可能に近いわよ」
助手席からバックミラー越しに、後部座席でノートPCを開いている楓を見る。
「問題ありません。むしろ私は前線に立ちますよ」
シヴォンは困惑し、溜息をついてそのまま視線を窓の外に移した。
まだ納得のいかない顔色が残っている。
陣もまた否定しない。
「もうすぐだ」
アイデンの低い声が響く。
相手に気づかれないよう、少し離れた場所に車を止め、一行は息を潜めてプラントへと近づいた。
廃棄プラントの無機質な巨体の周りに複数の人がいた。
「楓」
「ええ、ノヴァ、監視カメラの映像を10秒前のループに差し替え。敵の配置データを共有してください」
楓はPCを開いたまま陣に渡し、代わりにタブレット端末を片手に持つ。
「アイデン、ポジションにつけ。射線を確保しろ」
陣の言葉にただアイデンは頷いて狙撃銃と諸々の道具をもってすぐその場から離れる。
ベテラン以上の実力を持つアイデンなら三分もかからずにポジションを確保するはずだ。
「楓、しずな、シヴォンで侵入だ。細かい状況は私も見る」
「本当に楓を連れて行くの?」
「正直、バランス崩れないか不安なんだけど」
「シヴォンやしずなは知らないが、一度彼を信頼してみてほしい」
楓はまっすぐ敵陣を見据えていた。
「色々言っても仕方ないわね、二人とも行きましょう」
一行は遮蔽物に身を隠しながらプラントの裏口へと音もなく接近する。
楓がデータにアクセスしたことは向こうにも気づかれているだろう。
工房のノヴァ本体に襲い掛かってくる迎撃プログラムを抑えこんでいる。
シヴォンはバイオリンに弓を当て、いつでも『能力』を解放できるよう精神を研ぎ澄ます。
だが、それをしずなは制止した。
にこっと笑って人差し指を口に当てる。
隠れていた場所からすたすたと出て見張りの前に姿を現した。
「あれえ、いつからここに人が常駐するようになったの?」
完全に死角から現れたしずなに、二人の見張りは驚愕し、咄嗟に銃口を向けようとした。
「はいはい、いきなり物騒なもの突きつけないで。ほら、こちらに注目」
左手に一枚のなんの変哲もないトランプカード。
「目、つぶってね」
カードを右手の人差し指でパチンと弾いた瞬間、目を眩ませるような強烈な閃光が炸裂した。
あらかじめ仕込んでおいたフラッシュパウダー。
「しまっ――」
不意を突かれた二人の見張りは、完全に視界を奪われてその場にうずくまる。
右側の男が辛うじて視線を彷徨わせ、腰の無線機へ手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
プラントの敷地外から、弾丸が空気を割いた。
アイデンの精密な射撃。
破裂音は一切ない、その無音の射撃はアイデンの能力によるものだった。
放たれた弾丸は見張りの無線機だけを完璧に打ち砕き、火花を散らせる。
「相変わらずいい度胸してるわね」
「さすがしずなですね」
「シヴォンの能力は精神力の消耗も激しいし、この後何が起こるかもわからないから温存しておかないとね」




