第36話 残せなかったもの
——来る。
その感覚だけで、分かる。
今までとは違う。
速い。
多い。
そして。
——間に合わない。
「……っ」
少女が息を呑む。
同時に。
歪みが開く。
一つ。
二つ。
三つ。
数える意味がない。
多すぎる。
同時に。
別方向から。
違う速度で。
人を引く。
「……分担します!」
少女が言う。
声は強い。
だが。
ほんの少しだけ。
遅れている。
私は頷く。
「三つ見ます」
短く。
それだけ。
少女が走る。
速い。
正確だ。
だが。
——足りない。
私は動く。
一つ。
掴む。
戻す。
弾ける。
二つ目。
流れが速い。
だが。
読める。
止める。
戻す。
弾ける。
三つ目。
少しだけ遅れる。
だが。
問題ない。
掴む。
——戻す。
そのとき。
違和感。
わずかに。
ズレる。
「……?」
私は、視線を動かす。
四つ目。
遠い。
だが。
見える。
引かれている。
人が。
子ども。
動けない。
距離がある。
時間がない。
「……っ」
少女も気づく。
だが。
位置が悪い。
届かない。
男が走る。
だが。
間に合わない。
私は、判断する。
一瞬で。
三つ目を。
——切るか。
四つ目へ行くか。
どちらも。
完全ではない。
私は。
止まる。
ほんの一瞬。
そして。
——動く。
三つ目を。
優先する。
確実に。
戻す。
弾ける。
その瞬間。
四つ目。
引きが、強まる。
「……待って」
少女の声。
届かない。
私は、走る。
遅い。
分かっている。
それでも。
行く。
手を伸ばす。
あと少し。
届く。
——はずだった。
その瞬間。
空間が、閉じる。
音が消える。
そして。
何もなくなる。
子どもが。
消える。
完全に。
跡もなく。
静寂。
私は、止まる。
手を伸ばしたまま。
何もない。
そこに。
「……あ」
少女の声。
小さい。
崩れる。
膝から。
落ちる。
男が、止まる。
何も言わない。
言えない。
私は、立っている。
そのまま。
理解している。
今の意味を。
初めて。
——残せなかった。
完全に。
選択した。
意図せず。
だが。
結果として。
三つを取り。
一つを落とした。
「……違う」
私は、呟く。
だが。
言葉は続かない。
違わない。
これは。
結果だ。
少女が、震える。
「……今の」
声が、途切れる。
「……私が」
「違います」
私は言う。
即座に。
強く。
少女が顔を上げる。
涙が、浮かんでいる。
「……でも」
「違います」
もう一度。
はっきりと。
止める。
その言葉を。
だが。
意味はない。
事実は。
変わらない。
男が、ゆっくりと口を開く。
「……これが」
言葉を選ぶ。
「限界か」
私は、答えない。
答えられない。
そのとき。
空気が、揺れる。
今までとは違う。
静かに。
そして。
はっきりと。
——見ている。
上から。
ではない。
外から。
私は、空を見る。
何もない。
だが。
分かる。
今のを。
見ていた。
完全に。
そして。
理解している。
私は、息を吐く。
ゆっくりと。
「……そうですか」
小さく言う。
返事はない。
だが。
答えは来る。
別の形で。
空間が、揺れる。
今度は。
歪みではない。
——固定。
周囲が止まる。
時間が、止まる。
少女も。
男も。
動かない。
私だけが。
動ける。
そして。
そこに。
現れる。
再び。
——上位。
『確認』
その声。
感情はない。
だが。
明確に。
違う。
さっきとは。
『限界』
短い。
それだけ。
私は、何も言わない。
ただ。
見ている。
『残存不能』
その言葉。
私は、わずかに目を細めた。
理解する。
これは。
評価だ。
そして。
結論。
私は、ゆっくりと言う。
「……まだです」
静かに。
だが。
はっきりと。
上位は、動かない。
ただ。
見ている。
『理由』
問われる。
私は、答える。
「一つ、残っています」
短く。
それだけ。
上位が、わずかに揺れる。
初めて。
『何』
私は、言う。
「今のです」
その瞬間。
空気が、止まる。
完全に。
私は続ける。
「残せなかった」
「それが残っています」
静かに。
確実に。
上位が、沈黙する。
長い。
そして。
初めて。
——止まる。
処理が。
私は、前に出る。
一歩。
「まだ終わっていません」
その言葉。
空気が、揺れる。
世界が。
ほんのわずかに。
戻る。
時間が、動き出す。
少女が、息を吸う。
男が、動く。
すべてが、戻る。
だが。
一つだけ。
戻らない。
——子ども。
私は、それを見る。
何もない場所を。
そして。
理解する。
ここからだ。
これは。
終わりではない。
——始まりだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ついに「救えない瞬間」が来ました。
この物語の中で、初めて“残せなかったもの”が生まれます。
ここから、すべての意味が変わります。
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