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#26¦襲来¦


 セレナは舌打ちし、腰の剣を握った。

 

「魔獣の襲来よ。合図の鐘だわ」

 

 彼女はリリアを抱き寄せ、ソラリスに向き直った。

 

「ここで待っていて。私は外へ行ってくるわ」

 

「私も戦います」

 

 ソラリスは即答した。セレナは一瞬迷ったが、すぐに判断した。

 

「……戦力は欲しい。でもその姿じゃ目立つわ」

 

 そう言って、フード付きの黒いマントをソラリスに投げた。

 リリアは慣れた様子で、部屋の隅にある地下への隠し階段へと向かう。小さな背中が、まるで何度も繰り返した動作のように淀みない。

 

 ――この20年間、力のない住民たちは、何度もこうして逃げてきたんだ……。

 

 ソラリスはマントを羽織りながら、静かに息を整えた。

 

 夜は魔獣の活動時間。

 魔獣は魔界の瘴気から生まれる、忌まわしい存在だ。

 

 外に出ると、すでに住民たちが武器を手に集まっていた。

 昼間はもぬけの殻のように静かだった街に、これだけの人がいたことにソラリスは内心驚いた。

 

「セレナさん、その子どもは?」

 

 大人が訝しげに聞く。セレナは適当に手を振ってはぐらかした。

 

「説明はあとでするわ、状況は?」

 

「海と森の二方向から来てる!二手に割るのは厳しい!」

 

 誰かが叫んだ。別の住民が歯噛みしながら呟く。

 

「……こんなときゼイル大佐がいれば……」

 

 隣の男が苦々しく返す。

 

「……大佐は?」

 

「来るわけない。あの人はもう――」

 

 セレナの表情が一瞬凍った。

 

 ソラリスは即座に決断した。

 

「セレナさん、海側は私に任せてください」

 

「子ども一人に……?」

 

 セレナが躊躇する。ソラリスは内心、シラタマのドラゴン姿を人に見られたくなかった。明かりの少ない夜の海なら目立たないと計算し、微笑んだ。

 

「シラタマもいますから。大丈夫です」

 

 セレナは心配そうにソラリスを見つめたが、時間がない。

 

 「……何かあったらすぐ逃げて、大人を呼んで。いいわね?」

 

 ソラリスは小さく頷き、海側へと走り出した。

 夜の海は、黒い波が瓦礫を洗う音だけが響いていた。

 

 複数の黒い鱗の海蛇型魔獣が、群れをなして這い上がってきた。

 

 昼間見たカニの個体より遥かに大きく、体長は優に三メートルを超える。

 

 ぬめりとした黒鱗が月光を一切反射せず、まるで闇そのものが蠢いているようだった。

 鋭い牙の間から滴る毒液が、瓦礫に落ちてジュッと白煙を上げている。

 

 ソラリスは周囲に人の気配がないことを素早く確認し、カバンの中のシラタマに声をかけた。

 

「シラタマ、出てきて。……本気で頼むわよ」


 小さなドラゴンがカバンから飛び出し、淡い光を放った。

 

 次の瞬間――

 

 巨大な白いドラゴンが夜空に翼を広げた。

 

「えいっ!」

 

 シラタマの咆哮が夜空を裂いた瞬間、天が割れるような雷撃が連続して魔獣に落ちた。

 ビリビリッ!稲妻が連続して炸裂した。

 

 先頭の海蛇の頭部が一瞬で炭化し、長い胴体が痙攣しながら海に崩れ落ちる。

 

 雷撃が連鎖し、次の個体の鱗を次々と焼き割り、体内を貫いた。


 毒液が蒸発する白い煙が上がり、黒い体が次々と海面に叩きつけられる。

 

 波が激しく泡立ち、死んだ海蛇の体液が海を一瞬だけ紫に染めた。

 

 シラタマは翼を大きく一閃。

 残りの群れをまとめて薙ぎ払い、雷の尾を引きながら急降下する。

 

 最後の二体を爪で引き裂き、牙をへし折った。

 

 わずか数分で、海岸は再び静かになった。

 

 巨大な体が光に包まれ、再び手のひらサイズの小さなドラゴンへと戻る。


「えっぐい」


 盗賊の時とは比べ物にならないくらい、シラタマのドラゴンとしての戦闘を目の当たりしてソラリスは空いた口が塞がらなかった。

 

 ソラリスはシラタマを素早くマントの中に隠し、その場を離れようとした。

 

 

 ――しかし。

 

 物陰に立つ男が、すべてを見ていた。

 

 スウィートピア港元海軍、ゼイル・ケイン。

 

 片手に酒瓶を持ったまま、まだ口をつけていない。

 

 硬派な横顔が、月明かりに浮かび上がる。

 

 彼は雷鳴の方向をじっと見つめていた。

 

「……今の雷は、なんだ」

 

 ソラリスが去る背中を、ゼイルは無言で追った。

 

 フードの下から覗いた、淡いピンクの髪と青い瞳。

 

 一瞬、息が止まった。

 

「……フロ――」

 

 名前が喉で詰まる。

 

 ゼイルはすぐに顔を逸らし、苦く笑った。

 

「……似ているだけだ」

 

 男は寂しげに酒瓶を握りしめ、闇の中へと立ち去った。

 

 ――その背中は、まるで20年間、ずっと誰かを待ち続けていたかのように、ひどく孤独に見えた。

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