#24¦小さな足音¦
セレナは差し出された手を、じっと見つめた。
だが、すぐには触れない。
剣を握っていた指が、まだわずかに震えている。
紫の瞳が揺れる。
怒りか、希望か、自分でも整理できていない。
長い沈黙。
廃墟の風が、黒髪を揺らす。
そのとき、袖を小さな手が引いた。
「お母さん……」
岩陰から飛び出してきた少女だった。
まだ恐怖の余韻が残るのか、その指先は冷たく震えている。
セレナは反射的にその小さな体を抱き寄せた。
「あのね、お母さん。このお姉ちゃんとこの子があの大きなカニから私を守ってくれたんだよ!」
少女は抱えていたシラタマをセレナに見せた。
セレナの表情が、一瞬で母の顔に変わった。
「リリア……本当なの?」
「うん!この白いもふもふが雷を撃って、カニをやっつけて……このピンク髪のお姉ちゃんが駆けつけてくれたの!」
シラタマが、ぴょんと少女の肩に戻り、得意げに体をくねらせる。
「えへへ、僕、がんばったよ!」
セレナは長い黒髪を風に揺らしながらソラリスをじっと見つめた。
胸元に伝わる鼓動。
かすかな体温。
セレナは、ゆっくりと息を吐いた。
やがて、セレナはゆっくりと剣を鞘に収め、ソラリスの小さな手を握り返した。
「……わかった。まだ全てを信じるとは言えないが……でも……あなたがリリアを助けてくれたのは本当だ。それだけで、話を聞く価値はあるわ」
ソラリスは、心の中で小さくガッツポーズをした。
セレナの握る手の力が、わずかに強くなる。
「ただし、一つだけ約束してほしい。もしあなたが本当にフロレンシアだったら……そのときは、もう一度引っぱたいてやるから」
ソラリスは、にっこりと微笑んだ。
「ええ。約束します。私は嘘はつきません」
ソラリスは静かに頷いた。
シラタマはソラリスの肩に移動してふわふわと体をくねらせる。
「ソラリス、ほっぺた大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ。それより、助けてくれてありがとう。シラタマってやっぱり凄く強いのね」
「うん! 僕すっごく強いよ!」
「まずは安全な場所へ連れていこう。なにもおもてなしは出来ないが私の隠れ家へ。……話は、そこできこう」
廃墟の風が、ピンクの髪を優しく撫でた。
ソラリスは、腫れた頰にそっと指を当てた。
――痛いけど……これも、未来を動かすための投資だ。
廃港に、小さな足音がひとつ増えた。
ここから動き出す。




