#21¦スウィートピア港へ¦⚠︎Trigger Alert
ソラリスは、ふわふわとした感触に包まれながら目を覚ました。
……ん?
異世界に来てから、こんな柔らかい寝心地は初めてだった。頰に触れるものは、雲のように軽やかで、温かくて、まるで上質な羽毛布団に全身を沈めたみたいだ。
思わず、もう一度目を閉じる。
(……二度寝、しちゃおうかな)
前世の徹夜営業明けを思い出す。あの頃は、送迎車の中で五分でも寝られたら勝ちだった。今日は特別に許してあげよう。
まぶたの裏で、ふわふわの正体を考えながら。
(でも、寝る前は……シラタマの鱗だったはずよね?)
明らかに違う。硬くて冷たいはずの感触が、完全に別物になっている。
ソラリスは、ぱっと目を見開いた。
飛び起きて、自分の身体を覆っているものを確かめる。
そこにいたのは昨日シラタマが変身した、あのもこもこの雲のような姿だった。白くて、ふわふわで、黒い点々の目が眠そうに細められている。小さな竜の角が、朝の光を受けてアイボリー色に輝いていた。
シラタマは、宵月の変華水を使った後の姿に戻っていた。
ソラリスは、昨夜の夢を思い出した。
白い花畑。少し大人びたフロレンシア。母のような温かい笑顔。そして、告げられた言葉。
――あなたの中には、二つの魔力があるの。
聖女の力と、魔族の力。
昼は聖女が強く、夜は魔族が強くなる。
「……夢じゃ、なかったんだ」
ソラリスは小さく呟いた。
花環匣が夜に使えなかったこと。シラタマの姿が元に戻ったこと。すべてが繋がる。
(夜に詳しくわかるわね……今は置いておきましょう)
ソラリスは念の為、使えるようになったロベリアの花環匣から宵月の変華水を1本だけ取り出し、カバンの中にしまった。
すると、シラタマの黒い点々が、ぱちっと開いた。
「ソラリス……おはよー……」
まだ眠そうな声。もこもこの体が、のそりとソラリスの胸に顔を埋めてくる。
「お腹すいたー」
「朝ごはん、食べましょうか」
ソラリスはくすりと笑って、シラタマの身体を優しく撫でた。
「食べたら、出発よ」
簡素な朝食を済ませ馬にまたがる。
シラタマは昨日と同じようにソラリスの肩にふわっと乗った。
馬の蹄が、乾いた土を踏む音だけが響く。
ソラリスは手綱を握りながら、静かに考えていた。
ゲーム版『フロレンシアの誓約』には、三つの魔法があった。
聖女のみが扱える「聖魔法」。
魔法使いたちが操る「花魔法」。
そして、魔族だけが使える「闇魔法」。
魔力の強さは属性の結晶石に近いほど上がる。
聖女の場合は国の各地に置かれた結晶石の数で力の規模が変わる。
ゲームでは、魔族がその結晶石を狙ってくるから、タワーディフェンス形式の防衛戦が……。
ソラリスは、ふっと息を吐いた。
(ここはゲームじゃない。でも、きっと似たようなルールが生きているはず)
馬が丘を越えた瞬間。視界が突然開けた。
青い海が、朝日を受けてきらきらと輝いている。
ソラリスは、思わず息を飲んだ。
――スウィートピア港。
ゲームのホーム画面で何百回も見た、あの幻想的な街。
カラフルな屋根が並び、海の色が太陽の光に照らされて毎日変わるという、夢のような港町。
(やっと……生で見られる!)
胸が、期待で熱くなった。
ピンクの髪を風に揺らしながら、ソラリスは馬を軽く走らせる。
もうすぐ。
もうすぐ、あの美しい街並みが――
「待ちわびた景色が!!!!」
港のすぐ手前まで来たところで、馬が止まった。
ソラリスは、言葉を失った。
そこに広がっていたのは、瓦礫の街だった。
海水を浴びて錆びついた鉄骨。
ところどころで、まだ黒い煙を上げている建物。
色鮮やかだったはずの屋根はほとんど崩れ落ち、波が瓦礫を洗う音だけが虚しく響いている。
ソラリスは、手綱を握る指に力を込めた。
青い瞳が大きく見開かれる。
――どうして……?
ゲームで見た、あの煌びやかなスウィートピア港は、どこにもなかった。
ただ、焼け落ちた街と、荒れた海だけが、彼女の前に広がっていた。




