#2¦祝砲の音はこの部屋に¦
ルナは会話を回す。
「再開発プロジェクト、あの湾岸地区ですよね。 資材高騰の中での受注さすが青樹社長の采配だと感銘を受けました」
「よく知ってるな」
「今日のネットニュースに青樹社長のお名前が書かれていてなんだか私まで誇らしくなってしまって…… つい記事をスマホに保存してしまいました」
ほら、とルナがスマホの画面を見せると青樹の顔がほころいだ。
「ルナは相変わらず可愛いな」
「ありがとうございます」
くすりと控えめに微笑み、ルナは軽く会釈した。
「私の話はここまでで、今日は社長のお祝いです。 私は青樹社長の隣で一緒にお祝いさせていただけるだけでとても幸福で胸がいっぱいです」
その言葉に部下の1人が反応し声を上げた。
「社長、さすがっすね!この店のNo.1にそこまで言わせるなんて!」
場の熱が温まりだす。
ルナは軽く口角をあげ視線を部下たちへ流す。
「皆さま、本当に仲がよろしいんですね。こうして社長のために集まる方がこれだけいらっしゃるなんて」
「俺は人に恵まれてるだけだ」
青樹が照れを隠すようにグラスで口元を覆った。
「いいえ。 人に慕われることは簡単ではありません。青樹社長が素晴らしい方ですから、素敵な方々が集まるのです」
--ここから一拍置く。
「今夜はそんな素敵な方々ともっと特別な夜を祝わなくてよろしいんですか?」
--あくまで問いかけ。
決して指示ではない。
青樹の横で部下たちがざわつく。
「社長!せっかくですし景気づけに一本いきましょうよ!!」
部下たちが青樹社長を煽りだす。この流れが出来れば、あとは身を任せるだけとルナは自分のグラスに口をつける。
「お前ら人の金だからって調子に乗って! だが、せっかくの集まりだ!ルナや他の嬢ちゃん達と楽しく飲むぞ!!」
「さすが社長!!」
ルナはドアに外に控えていた橘へ視線を流す。
橘は瞬時に気がつくとドアをノックしシャンパンリストを青樹へと差し出す。
青樹がページをめくる。
「どうせなら1番景気が良いやつにするか」
「社長、それでしたらこちらが本日のおすすめになります」
橘がさりげなく示すのは重厚なラベルの1本。
ルナはそれを見て、ほんの少しだけ目を輝かせる。
「社長が開けてくださるなら、今宵はこの部屋がこの街で1番華やかな場所なりますね」
ーーその一言、決定打。
「よし、これ入れよう。1本と言わず3本、いや5本持ってきてくれ!!!」
「それと――」
青樹がグラスを持ち上げる。
「今日はお前らも嬢ちゃん達も好きなだけ飲め!テキーラも人数分持ってこい!今日は無礼講だ!」
VIPルームに響き渡る歓声。
ヘルプについていた他の女性キャストが注文するドリンクのメモをとり、vipルームの外にいた橘にそっと紙を手渡した。
ルナは青樹の隣で、ほんの僅かに唇の角度を上げた。
(勝った)
シャンパンの栓が弾けた。
それはルナにとっての祝砲の音。
数字が大きく動き出す音だった。
ほどなくして、テーブルには青樹が注文したボトルキープのウイスキーや高級シャンパン、部下達が飲んだ焼酎や日本酒の空き瓶が並んでいた。楽しい夜が泡となって終わりを告げる準備が始まる。青樹は自身の時計を眺め、ルナにそっと耳打ちをする。
「会計をお願いしていいか、それから……そこにある焼酎のボトルを3本付け足しておいてくれ。部下だけでこの店に来た時にハウスボトルだけじゃつまらないだろ」
「かしこまりました。いつもありがとうございます」
ルナは橘を呼び出し会計の準備を任せる。しばらくするとVIPルームのドアが開き伝票を持った橘が現れた。
「本日はありがとうございました」
伝票には450万円と数字が記載されていた。これがNo.1キャバ嬢として君臨する水城ルナの2時間の成果である。
青樹達は満足そうな足取りでエレベーターへと乗り込む。部下達が全員乗ったところでエレベーターの扉は閉まり、エントランスホールには青樹とルナが残された。
静かな余韻だけが佇んでいる。シャンデリアの光が床に淡く落ち、さっきまでの歓声が嘘のように遠い。
ルナは青樹の前に立ち、深く息を吸ってから、ゆっくりと頭を下げた。
「青樹様。 本当に……今日はありがとうございました」
声は柔らかく、でもどこか震えを帯びている。
甘いトーンとは違う本物の感謝が滲む。
青樹は太い腕を組んで、ふっと笑った。
「礼なんていい。俺はただ、ルナが喜んでくれる姿を見たかっただけだ」
ルナは顔を上げ、真っ直ぐ青樹を見つめた。
「今日という日を私のために使ってくださったこと。
絶対に裏切りません」
青樹もルナも直接的な言葉は使わない。2人が信頼を深め合ってきた日々は浅くはないからだ。
言葉に力が入る。この店で一際眩い光を放つ夜の蝶が、本気の瞳を魅せる。
「この順位は私にとって誇りです。 でも、それ以上に……青樹様が信じてくださったことが、私の力になるんです。だから……絶対に、今月も1位を守り抜きます」
青樹は腕を解き、時計を眺める。
針は22時35分を指していた。
「あと2時間半か。まだまだ夜は長いぞ、大丈夫か」
青樹はルナの肩に軽く手を置く。重みのある父親のような温かさ。
「はい、最後まで青樹様の期待を裏切りません」
「最後まで気合い入れろよ。 俺はもう帰るけど応援してるからな」
ルナの唇がわずかに震えた。しかしすぐにいつもの完璧な笑顔へと戻る。
「はい!ありがとうございます」
青樹は満足げに頷き、エレベーターの呼びボタンを押すと彼を待っていたかのようにすぐ扉が開いた。
「また来るよ。次はもっと派手にいくからな」
「楽しみにしております」
ルナはドアが閉まるのと同時に、深く、深く頭を下げた。青樹の姿が消え、扉が完全に閉まった後もルナは頭を下げ続けた。
額が床に近づくほどに。




