#1¦夜の蝶は数字と舞い踊る¦
――この街の夜は、数字でできている。
指名とシャンパンボトルの本数が、女の価値を一瞬で決める。『好き』の囁きも、笑顔の角度も、すべては売上グラフの傾きに変換される。
ここは嘘と本音が混じり合う大人の社交場。
アングラな世界を光で隠すかのようにシャンデリアが煌めいている。
CLUB NOCTILCAのエントランス前。エレベーターの鏡に映る自分の姿を静かに観察した。
淡い月光をそのまま織り上げたかのような、シルバーグレーのロングドレス。このロングドレスは、月間売上で上位3名だけに許された特権衣装だ。つまりそれは、彼女が今月も頂点にいるという証明でもある。
胸元は繊細なビジューで埋め尽くされ、シャンデリアの灯りを受けるたびに反射し星屑のように瞬く。透明感のあるレースが腰へと流れ、そこから先はなめらかな生地が脚線を優雅に包み込んでいた。
深く入ったスリットから覗く白い脚は、計算ではなく“格”の証明である。背面はコルセットの編み上げ仕様。細く絞られたウエストラインは、日々の努力と投資の賜物だ。その美しい背中ひとつで他のキャスト達の気を引き締めるほどの圧倒的な存在感。
美容師が整えたゆるふわなミディアムヘアが肩から胸元へと流れ落ちる。
手首に輝く時計、耳元のダイヤ、胸元のネックレス、そして主張しすぎず持ち主の手に彩りを添えるポーチ。
すべてがハイブランドで統一されている。素人が見ても、ロゴひとつで値段がわかるほどだ。“選ばれた者しか持てない”類の一番星のような輝き。
彼女の名は、水城ルナ。
夜の街に無数に咲く花ではない。
月の祝福を浴びて鱗粉を輝かせる〝夜の蝶〟そのものだ。
時刻は20:28。
(あと2分)
ルナは一度だけ呼吸を整え、唇の角度を上げた。笑顔は作るものではなく、設計するもの。
今宵は月末、まさに今月最後の戦いである。今日の営業終了後に今月の最高売上の女王が決まる。店内はオープンから活気づいており、いたるところから男女の笑い声が聞こえてくる。
チンと、エレベーターの扉が開く。
「いらっしゃいませ、青樹社長」
声は落ち着いた中音域。
甘さよりも安心感を意識したトーン。
「ルナちゃん! 今日もべっぴんさんだな!」
某大手建設会社社長、青樹。
彼に深々とお辞儀をしながらルナはエレベーター内に残る15名の青樹の部下達を確認する。視線の流れ、エレベーター内での立ち位置、誰がどこのブランド品を身につけているか。ここから得られる情報を一瞬で把握する。
「本日は決起集会に当店を選んでいただき誠にありがとうございます。 勝利のお祝いにふさわしい夜にいたしましょう」
ルナはお手法のような美しい一礼をし、深々と床を見つめた。
「それじゃあ派手にいくぞ!」
部下たちが青樹の鼓舞によって沸く。
ルナは自然な動線で青樹の横に立った。
「VIPルームへ。 皆さま、どうぞ」
ルナは自ら客を席へと案内する。これがこの街のNo.1の流儀。VIPルームの扉が開かれる。
青樹と部下達が座席につき、温かいおしぼりが人数分配られた。ヘルプの女性キャストが座り数十秒も経たないうちに人数分のウェルカムドリンクと青樹のはからいで事前に店側に伝えられていたキャストドリンクを黒服の橘達が運び終える。キャバクラという空間では1秒たりとも無駄な時間は許されない。常にお客様を喜ばせ特別な空間を演出する義務がある。
「さすが、この店は準備がいい」
「ええ。 うちの自慢のスタッフです」
そういって、ルナは専属の黒服、橘に視線を運ぶ。橘は青樹達に気が付かれないようにルナにアイコンタクトを送った。
〝2位との差は約150万円と〟
「今日は大切な部下と親愛なる君との大切な夜だ。乾杯の音頭をとってもらえないか」
青樹からの提案にルナは静かに頷き、お客様達の顔を一通り見てから口を開く。
「では、乾杯を。 皆さまの成功と社長のさらなる飛躍に」
ルナの言葉を合図にグラスの音が鳴り響く。まるでその音は彼らのこれからを祝福する鐘のように。
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