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15/30

#15¦旅立ちの日はだいたい晴れ¦


 天気の良い日だった。


 日差しが肌に優しく降り注ぐ。風は柔らかく頰を撫でるたびに新しい旅立ちをそっと後押ししてくれているかのよう。空はどこまでも青く、雲ひとつない。こんな日なら、現実世界でも気分が上がるはずだった。


 たが、周囲は違った。


 道を歩いても、花は枯れ、木は朽ち、草は色褪せている。枯れた森の隙間から、時折小さな芽が顔を覗かせるものの、それはまだ弱々しく命の灯が消えかかっているように見えた。ゲームの知識で知っていたはずのヴェルナディアの風景が、現実として月乃の前に広がっている。


 ――冒険って、こんな感じなのかしら。


 月乃は小さく息を吐きながら、足を進めた。足元に落ちた枯れ葉が、かすかに音を立てる。背中のカバンには残りの食料と、水の入った小さな瓶。地図の記憶を頼りに、森の奥へと向かう。


 森の中を歩いていると停車した馬車が目に入った。


 荷車のような、飾り気のない粗末なもの。貴族のものではない。荷台に布がかけられ、馬は繋がれたまま動かない。月乃は立ち止まり、息を潜める。


 ――誰か……いるかも。


 慎重に近づく。馬車の後ろから、そっと荷台を覗き込むと。


 そこには人が、倒れていた。


 血だまりが広がり、服は赤黒く染まっている。遠目からでも生きていないとわかる。息をしていない。目が虚ろに開いたまま。月乃の喉から声にならない悲鳴が漏れた。


 「――っ!」


 反射的に後ずさる。脳がサイレンを鳴らしてる。

 逃げろ、逃げろ、逃げろ。心臓が激しく鳴る。数歩、また数歩と後ろに下がった瞬間――背中に、トンッと何かが当たった。


 月乃は凍りつく。


 ゆっくり振り返ると、そこには40代くらいの男が立っていた。髭が伸び、目は血走り、口元に不気味な笑みを浮かべている。


 「へへっ……こんな可愛い子が、森の奥にひとりでいるなんてな。運がいいぜ、俺たち」


 声は低く、粘つく。月乃が周囲を見回すと、知らない男たちが4、5人、木陰から現れた。皆、血のついた剣や斧を手に持っている。笑みは獣のようだ。


 ――この人たちが……馬車の中の人を……。


 月乃の背後にいた男が、素早く腕を伸ばし、月乃の細い腕を掴んだ。


 「離して!」


 月乃は叫ぶが、力は入らない。男は月乃を値踏みするように見下ろす。ピンクの髪。学のない盗賊でも、それが王家の血筋だとわかる。男の目が、貪欲に輝いた。


 「なんでこんなところに、王族のガキがひとりでいるんだ?迷子か?それとも、捨てられたか?」


 月乃は答えず、唇を噛む。男たちは月乃の手足を手早く縄で縛り、地面に座らせ問いただす。


 「どこから来た?誰と一緒だ?」


 月乃は黙る。無闇に情報を与えるのは危険だ。すると、男の1人が月乃の首にナイフを突きつける。


 「生意気な態度をとるんじゃねえ」


 あと数mmでナイフが月乃の首を突き刺そうとしている。月乃は目を伏せ、必死で考える。――何か言わないと、まずい。


 男たちは話し合う。


 「こいつ、珍しい奴隷として売れそうだな。ピンク髪なんて高くつくぜ」


 「変態趣味の貴族がやってるオークションに出せば、もっと儲かるんじゃね?」


 「王家の血筋だとしたら、貴族連中に身代金要求した方が早いだろ」


 「馬鹿言うな、そんなことしたら追われて打首だぞ!」


 意見が割れる中、男たちは月乃の荷物を漁り始める。仲間のひとりが「なにか隠しているかもしれねぇ」と月乃の服を脱がせようと手を伸ばす。


 月乃は深呼吸をし、声を絞り出す。

 

 ――ここは賭けに出るしかない。


 「待ってください……私は、ヴェルナディア王国の王女です。父上とこの近くの街へ行く道中、迷子になっただけなんです。父上はきっと私を探しています。あなたたちに危害を加えませんから……私を無事に近くの街まで連れて行ってくれれば、報酬をたっぷりと払うとお約束します」


 言葉は滑らか。嘘なのに、本当のように聞こえる。男たちは一瞬、黙る。そして、豪勢に笑い出した。


 「王女様だってよ!はははっ!ガキのくせに、よくそんな嘘つけるな!」


 「この国にもう〝王〟なんていねぇよ!学が無さそうな俺らなら騙せると思ったか?」


 ――え?


 笑いが収まると、男たちの目は変わっていた。盗賊の目。冷たく、殺意に満ちた。


 「残念だったな、嬢ちゃん。この国はとっくの昔から機能してねぇんだよ、この国のお貴族様のせいでな」


 一人、また一人と武器を持った男が月乃に近づいてくる。手足は縛られ、逃げられない。月乃は恐怖のあまり目を閉じる。


 ――異世界に来て、早々に……終わり?


 その瞬間、空気が一変した。


 先程まで春のように暖かかった風が、冷気へと変わる。ピシャンッ、という乾いた音。突きつけられていたナイフが、どこかに飛んだ。正確には、男の手首がなくなっていた。


 「ぎゃあああああっ!!」


 男が叫ぶ。周りの男たちも、月乃の背後にいる“それ”を見て、声が出ず怯える。


 月乃がゆっくり振り向くと、そこにいたのは白く美しい巨大なドラゴンだった。鱗は雪のように輝き、翼は折り畳まれ、気高い姿で佇んでいる。


 ドラゴンは、低く、しかしはっきりと告げた。


「それ以上〝月乃〟に近づいてみろ。次は頭を飛ばす」


 ドラゴンの目は、盗賊たちを睨みつける一方で、月乃を見る瞳は優しい。喜びに満ちている。


 「やっと……会えたね」


 手足を縛られ喉元にナイフを突きつけられている姿を見て、ドラゴンの声が低く怒りを帯びる。


 「誰がやった?」


 男たちは慌てて否定する者、互いに密告する者、それぞれだが目の前のドラゴンには通用しない。ドラゴンはそっと片手で月乃を抱き上げ、自分の胸の中に収めるともう片方の手で静かに魔法を放つ。


 光が閃き、男たちの体が一瞬で灰となった。あっという間の出来事だった。


 力を使い終えると、ドラゴンは月乃の手のひらサイズまで小さくなり、彼女の手に絡みつく。


 「やっと会えた!これからはずっと、ずーっと一緒にいられるね」


 笑顔で言う。無邪気で、愛らしい。


 「あなたは誰?どうして助けてくれたの?」


 月乃がドラゴンに問いかけるときょとんとした顔で見つめられる。


 「僕のこと忘れちゃったの?シラタマだよ」


 月乃は、シラタマという名前に、息を呑んだ。


「シラタマ……って、まさか……私が昔飼っていたあのトカゲのシラタマ……?」


 小さなドラゴンは、にこっと笑って頷いた。

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