#14¦私の想い¦
茶色ばかりの視界にちらりと淡いピンク色が映り込む。
月乃はふと、自分の毛先を掴む。指先に絡まる髪は淡いピンク。柔らかくウェーブがかかったロングヘアが、肩から流れ落ちている。
――ピンクの髪?
ゲーム版『フロレンシアの誓約』を思い出す。ヴェルナディアの王族にのみ遺伝する特別な髪の色。その中でも、青い瞳を持つ者は稀代の魔力を秘めていると言われている。主人公フロレンシアのトレードマークだ。
月乃は自分の瞳を思い浮かべる。鏡がないので確認できないが、もし青い瞳なら……。
――ゲームとこのオリジナル世界の設定は同じなのかしら……?
考えていても、解決しそうにはない。月乃は頭を振り、一度思考を止めた。
(今は状況を把握する方が先だ。小屋の中を探索みよう)
小屋の内部は誰かが使っている様子がない。時間が止まっているような静けさ。だが、時間が経っている割には、虫やカビなどがなく、壁や床の劣化も見られない。まるで、昨日まで人がいたのに突然誰もいなくなったような……不自然な清潔さ。
月乃はまず、自分が入っていた棺桶に視線を戻す。
――なぜ、自分は棺桶に入っていたのか。死んでいた?それとも、眠らされていた?
棺桶の蓋を見てみると表面には見覚えのない家紋のようなものが刻まれている。
次に棺桶の中を覗き込んだ。底に2つ折りにされた小さなメモが落ちていた。月乃はそれを拾い上げ広げるてみる。
手書きの文字。
「ずっと愛しているわ、ソラリス」
その瞬間、月乃の瞳から、ぽろりと涙が零れる。
――え……?
自分でも、なぜ涙が出るのかわからない。ただ、心が疼いた。痛いわけじゃないのに胸が締め付けられる。
“ソラリス”という言葉が、なぜか自分の名前のように、馴染み深く懐かしく感じた。まるで、有明月乃として生きていた時間よりも、ソラリスとして呼ばれていた時間のほうが長かったような……そんな感覚に襲われる。
――どうして。
混乱が、頭を渦巻く。涙が止まらない。だが、混乱している場合ではないと月乃は袖で目を拭い、理性を呼び戻す。深呼吸をし自分の頬を両手で叩く。
涙が止まると、まるで待っていたかのように、棺桶が黒い灰となって崩れ始めた。音もなく、粒子のように散り、消えていく。
――!?
目の前のものが無くなる。月乃は後ずさり、息を呑む。灰となった棺桶はあとかたもなく消え、代わりにその場所に、水の入った樽と食料が現れた。パン、果物、クッキー。簡素だが、新鮮そうなもの。ざっくりと見積もっておよそ5日分くらいだろうか。
――誰かに「生きて」と背中を押されている気がした。
目の前の現象に、混乱が募る。混乱しながらも月乃は小屋の中をさらに探索する。他にめぼしいものは見つからない。棚には数冊の古い本と埃をかぶった食器。窓辺の花瓶にはなにもなく、まるで、誰かが急いで去った後のよう。
――ここで、何が起こったの?
月乃はため息をつき、食料を眺める。とりあえず、生き延びる手段はある。
そこから、3日ほどが経った。
3日でわかったことは、小屋の外は枯れた森が広がっているということだけ。枯れていると言っても、よく見てみると、木々の根元に小さな芽のようなものが芽吹き始めている。死んだ森が、ゆっくりと再生しようとしているようだった。
この3日間、誰か来訪者が来ないか、あるいは小屋の持ち主が帰ってくることを期待したが、人に出会う気配はなかった。森の奥から時折風が吹くだけ。
月乃は、退屈しのぎと情報収集を兼ねて、小屋に置かれていた本に目を通すことにした。埃をかぶった棚から、数冊の本を引っ張り出す。ページをめくると、そこに書かれているのはこの世界の言語。具体的な発音や単語はわからない。奇妙な曲線と記号が並び、最初はただの模様のように見えた。
しかし、月乃はこの文字をどこかで見た記憶があった。
――これ……ゲーム版『フロレンシアの誓約』の演出で使われていた文字と、同じ?
当時、自分も含め攻略考察班が、フロレンシアの誓約で使われている文字を解析しようとしたことがあった。ゲーム内の書物や看板に散りばめられた謎の言語を、ファンが協力して解読しようと試みたのだ。結局、完全には解明されなかったが、基本的なパターンや単語を覚えていた。
その時のことを思い出しながら、本をじっくり読んでみると、中身の内容が6割程度わかるようになった。月乃のバイリンガルスキルが、ここで役立った。現実世界で英語、中国語、韓国語のニュースを日常的に読みこなしていた経験が、異世界の言語に意外な応用を利かせた。文法の類似点を探り、単語の繰り返しから意味を推測する。まるで、馴染みのない外国語の新聞を解読するような感覚だ。
本の内容から、この場所がヴェルナディア王国であることが確定した。王族の血統や魔族の脅威について触れられており、ゲームの設定と酷似している。ついでに、本の後ろの方には細かくはないが、地図が描かれていた。森の位置、海に囲まれた国境線、首都のマーク。月乃はそれを記憶に焼き付ける。
――ヴェルナディア……本当に、ここなのね。
月乃は残りの食料をカバンにまとめ、深く息を吸った。
――ここにいても、仕方ない。
小屋を出ることを、決意した。




