#12¦いざ、ハッピーエンドへ¦
――それからどれだけの時間が流れただろうか。
月乃は、綺麗な姿勢から始め、完璧なお辞儀の角度、お客様の隣に座るときの注意点、会話の回し方、視線の配り方、相手の心理を読むテクニック、指名が取れない子の典型的な失敗、デュエットで歌うと喜ばれる曲、シャンパンコールまでの流れ――すべてを、容赦なくリツに叩き込んだ。
お酒を飲んで笑っているだけの仕事じゃない。キャバクラとは1秒の隙も許されない戦場である。
リツは、最初は戸惑い、次に悲鳴を上げ、最後にはへたり込むほどに追い詰められた。
「覚えておきなさい。この世に、楽に稼げる仕事なんてないわ」
月乃は、最後にそう言い放った。
リツは、ぐったりとしながらも、どこか感心したような顔で呟いた。
「……恐ろしい女じゃ」
「あとこれは私からのお願い。橘には本当のことを話して欲しいの」
「なぜじゃ」
「きっとあなたの力になってくれるわ」
「わかった」
--きっと橘はリツの話を信じてくれるだろう。だって彼はこういった話が好きだから。
月乃は心の中で橘に謝る。残していなくなる自分を許して欲しいと。
改めて、リツは呪文を唱える。
月乃の周りに、光が満ちていく。
それは温かく、柔らかな光。
月乃の意識は、ゆっくりと溶けていく。
――待っててね、フロレンシア。
――私があなたをハッピーエンドまで連れて行く。
光に包まれ、月乃の意識はそこで途絶えた。
――
白い虚空に、静けさが戻った。
リツは、ふっと息を吐き、小さく呟いた。
「聞いていた通り、そなたの主人はなかなかに面白い女じゃな」
虚空の片隅で、淡く光る小さな魂。
それは、頷くように輝いた。
リツは、優しく手を伸ばす。
「契約に従って、そなたを月乃と同じ世界に送ってあげよう」
リツの指先が、小さな魂に触れる。
再び、呪文を唱える。
「短い間じゃったが、仕事を手伝ってくれたこと感謝しておるぞ。これは我からの祝福じゃ。手土産に……月乃へ持っていけ」
小さな魂はまるで礼を言っているように光を強めて、虚空の向こうへ消えていった。
リツは、1人静かに微笑んだ。
「さて、我も地球をエンジョイしようかの」




