#10¦頭の中に流れるはあのBGM¦
「器を差し出せば、お主の好きな『フロレンシアの誓約』の世界に行けるとしても?」
リツの言葉が、白い虚空に静かに響いた。
月乃の心臓が、激しく鳴る。
――『フロレンシアの誓約』の、世界。
ピンクの髪を揺らすフロレンシア。美しい花々が咲き乱れるヴェルナディア王国。魔族の脅威に立ち向かう、儚くも強い彼女の物語。
スマホの画面越しに会いたいと願った世界。
そこに、自分が行ける?
月乃の喉が、わずかに動いた。
「……どうやって?」
リツは月乃の心が揺らいでいるのを確信すると、目を細め微笑んだ。
そして、ゆっくりと語り始めた。
――地球には、数多の小説や漫画、アニメ、ゲームが存在しているが、あれは作者の“前世の記憶”からインスパイアされていることが多いこと。
――この世には、地球だけでなく無数の世界が存在していること。パラレルワールドや都市伝説、SFなどと呼ばれるものも、そのひとつに過ぎないこと。
――神である我々の役目は、各世界の魂を別の世界に送り込み文化の均衡を保つこと。その中でも優秀な魂は、前世の記憶を所持したまま他の世界に送ってあげていること。
地球で有名な人類史上最大の発明をした研究者も、稀代の企業家も、今は異世界で新しい人生を満喫しているのだと。
リツは、にこりと笑って続けた。
「望むなら、お主もオリジナルの『フロレンシアの誓約』の世界に送ってあげよう。そこでなら、お主が愛してやまないフロレンシアに会うことだって出来るかもしれない」
――フロレンシアに会う。
月乃の頭の中で、フロレンシアの姿がよぎる。
ピンクの髪が揺れ、青い瞳が、優しく微笑む。
行きたい。
行ってみたい。
――でも……
――それは一瞬の躊躇
月乃の頭の中に大好きなキャラクターが浮かぶ。
「……だったら、森でどうぶつと話すあのゲームが良いんだけど」
リツの笑顔が、凍りついた。
「……は?」
月乃は真剣な顔で続けた。
「え、だって魔族が蔓延る世界よりも可愛いどうぶつ達と話して、果物や魚を売ってのんびり生活するスローライフの方が良くない? 借金とかあるけど、化石掘ったり虫取ったり博物館を完成させたり……あ、島クリエイトもできるし!」
リツの瞳が点になった。
「ちょ、ちょっと待て。お主、本気で――」
「本気よ! だってフロレンシアの世界って戦争とか魔族とか大変そうじゃない?毎日命がけでしょ?それよりもたぬきに振り回されつつ、住民たちと手紙交換して、季節イベント楽しむ方が絶対幸せでしょ! あ、でも住民の写真集めは根気がいるのよね……だけどそれが楽しいのよ!」
月乃の目が、キラキラと輝き始めた。
リツは、両手で顔を覆った。
「……お主、ほんとにそれでいいのか? フロレンシアのそばにいられるって言ってるのに、他のゲームじゃと!?」
「現実でもう十分戦ってきたもの! 異世界行ったら休みたいわよ! 毎日シャンパン煽るより、釣り竿振ってる方が絶対に――」
「没じゃ!!」
リツが、声を張り上げた。
虚空に声がぴしゃりと響く。
「却下じゃ! あんな平和すぎる世界に、お主のような負けず嫌いで毎晩、男を惑わして遊んでいる不浄な魂を送ったら均衡が崩れる! たぬきが可哀想じゃ!!」
月乃は、むっと唇を尖らせた。




