第17話 母乳戦記
(●´ω`●)王女様出た。
「これはこれは、王女殿下」
私が館内に入ると白い髭の男性が頭を垂れます。
「そのままで大丈夫です」
彼はこの王立図書館の館長です。
畏まる館長に私が手を上げて止めます。
「今はプライベートですので、お気になさらずに」
「何をお探しで」
昔からこの王立図書館に入り浸っていた私に、館長は教え子を見る教師の目で見て来ます。
彼も私の教師の一人でした。
変な質問ばかりして困らせた、困った生徒だったでしょう。
「母乳戦記を」
「これはまた⋯ふむ」
館長は白く長い顎髭を一撫でして先へ進みます。
私が求めるのが一般に普及している最新版ではなく、原書に近い⋯禁書に類する物だと理解してくれた様です。
私はその後を追います。
館長は、館長しか持てない秘密の鍵で秘密の書庫を開きます。
(相変わらず、凄い⋯)
千年以上前の古文書まで秘蔵された王都最古の施設の一つです。
私の知識欲が疼き、本を端から読み尽くしたい衝動に駆られます。
此処は王族とは云え早々入れません。
私を招いてくれたのは時勢にもよるでしょう。
モンスター戦役。
魔人の活動が最近活発化しています。
自由意志を重んじる彼等は連携は余り取りません。
各々が好きに生きる⋯人間で言えば上位の能力者達に近い存在です。
しかし最近、人間に攻撃的な魔人が何体か手を組んだ情報が齎されました。
魔人全てではないですが、モンスターを操れる魔人も居ます。
モンスターは魔人にとって、人間で云うところの家畜です。
(純粋な家畜は王都周辺にしか居ませんが)
地方の食料は人造の、工場生産品で賄っています。
「異端の書物ではありますが」
私の思考が逸れていると、館長が望みの一冊を取り出してくれました。
「構いません」
私はその書を開きます。
母乳戦記。
神々が争う、神代の時代の戦争の話です。
「女神が産み落とした子共達」
記述には古い言い回しも有り、解読仕切れていない箇所も有ります。
「その子共達の」
ですが大筋は読めます。
「誰が最初に女神の母乳を頂けたのか」
それが各種族でバラバラなのです。
「各種族の聖書の写しですな」
何故この書物が異端とされているのか?
それはこの書物が各種族の神話を元にして編纂されてるからです。
記述を比較した物も目を引きますが、インパクトが強いのはやはり、古代遺跡の壁画等に遺された女神の授乳シーンです。
「女神の母乳」
女神の姿も各種族によってマチマチです。
人間の描く女神は人と変わらぬ姿。
エルフの描く女神はエルフと瓜二つの姿⋯少し胸が控え目です。
獣人の描く女神は獣の耳と尻尾が生えています。
竜人の描く女神は翼と角と尻尾が生えています。
魔人の描く女神は人間に近い姿ですが、体付きは豊満で蠱惑的で肉感的、妖艶な雰囲気を纏っています。
「女神の似姿一つで戦争が起きましたからね」
お互いの神を否定する戦争。
「母乳戦記」
女神は各種族の始祖を生んだとされていますが、各種族が伝える神話では、自分達の始祖こそが最初の子共であり、女神の母乳を最初に頂けた存在だと主張しています。
その主張が各種族の描く女神の授乳シーンに表れています。
女神が愛し気に抱き乳を与えるのはその種族の始祖のみ。
他種族の始祖達は地べたに這いつくばり、その神々しい授乳シーンを祝福する脇役でしかありません。
(それは揉めに揉めますわよね)
人間は世代を重ね時代を重ねるごとに神話に関しては無関心無頓着になっていきましたが、長寿の種族は未だにこの神話に拘る者達も多いです。
館長は私が無言で読み進めるのを見守ってくれています。
「やはり此処にも有りませんわね」
私は解っていた事だが少し落胆しました。
そっと書物を閉じます。
「申し訳有りません」
謝る館長に首を振って微笑みます。
「解っていましたので」
今回はあくまでも確認作業でした。
「神話には続きがあります」
館長が黙って聞きます。
知ってはいても口に出してはいけない領域です。
「勇者と、魔王」
御伽噺の域です。
神話から現代史へ繋がる歴史の空白期間。
全種族、大陸全土が巻き込まれた大戦争。
魔人出身の魔王と人間出身の勇者。
最後はその両者の一騎討ちとなり、戦争は終結。
「どの種族も、自分達の種族の勝利で終わったと締め括っています。ですが」
母乳戦記と同じく、いえもしかしたら母乳戦記の後半と呼べるかも知れません。
「勇者と魔王が存在した事は逆説的に証明されています」
書物によって細部は違います。
ですが魔王と勇者が存在し、その二者によって戦争は終わります。
「恐らくですが、戦争を継続出来ない程各種族に被害が出たと見るのが通説ではありますが」
館長は私の話を黙って聞いています。
私は歴史に思いを馳せるのを止め、現実に目を向けます。
「反人間派が増え始めた魔人達、活発化するモンスター」
極東方面に動きが有りました。
「魔王が生まれるのなら、勇者を見つけなければ」
杞憂であれば良いのですが⋯
「でなければ人間は敗北するでしょう」
不敬極まりない発言です。
いえ、これはもう国家反逆の意志有りと断罪されてしまうかも知れない言葉です。
「王女殿下⋯」
「すみません」
気遣わし気な館長に微笑み返します。
私もいずれは強力な能力者の種で子を為さねばなりません。
それが王族の、王女としての務めですから。
ですが⋯
(間に合わない)
「楓⋯生きて帰って来て」
私は友人の無事を祈ります。
王立騎士団極東方面軍軍団長、楓。
「彼女が男性でしたら、私の夫になっていたでしょうね」
モンスターの動きが活発化しています。
そして反人間派の魔人が確認されました。
「モンスター戦役」
現地の能力者の協力を得られれば大分有利に戦闘を進められる筈ですが⋯
「御武運を、祈ります」
私は書庫の壁に嵌め込まれたステンドグラスを見上げ、思わず祈りを捧げました。
ステンドグラスには女神が人間の始祖に授乳している場面です。
足元には各種族の始祖達が見上げています。
人間が伝える神話通りの、人間こそ女神に愛された種族だと主張する思想のその絵は美しくも、醜くも感じました。
足元の多種族の始祖達は、神話通りなら人間の始祖が最初に授乳された事を共に祝福したとされています。
しかし古ぼけて傷んだそのステンドグラスは歪み、祝福してる筈の多種族の始祖達の顔は醜く歪み、母たる女神の母乳を独占する人間の始祖を、激しく嫉妬し、羨み恨んでいる様に見えたのでした。
(●´ω`●)バトルもイチャイチャも無かったごめんなさい。




