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妹が婚約者のためにコーヒーをやめていたと、兄の私は知らなかった  作者: あずきまんま


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第3話

「エドワード殿下が婚約解消を望んでいる」


父の言葉を理解するまで、少し時間がかかった。


「……誰との?」


「カフェリーヌとのだ」


「分かっています」


自分でも驚くほど低い声が出た。


「理由は?」


「別に想う女性がいるそうだ」


椅子から立ち上がりかける。


「誰です」


「座れ、アルフレッド」


「誰なんです?」


「マリアンヌ・ローレン伯爵令嬢だ」


知っている名前だった。


王太子と同年代。


明るく社交的で、外国の文化にも詳しい令嬢だ。


夜会で何度か話したことがある。


「いつから?」


「一月ほど前、殿下から陛下へ相談があった」


「フェリは?」


「十日前に知った」


十日前。


だからか。


十日前に婚約解消の話を知り、好きだったものを一つずつ取り戻した。


コーヒー。


辛い料理。


庭。


小説。


「王宮へ行ってきます」


「座れ」


「父上」


「何をするつもりだ」


「殿下と話をします」


「話をして?」


「内容次第です」


「殴るのか?」


私は答えなかった。


父が大きなため息をつく。


「二十二にもなって何を考えている」


「二十二だから考えているんです」


「意味が分からん」


「フェリは十二歳から五年も殿下の婚約者だったんですよ」


「知っている」


「王妃教育を受けて、社交も外交も歴史も学んで、好きだったものまでやめて」


「知っている」


「それを今さら、別の女が好きになったから婚約解消?」


「落ち着け」


「落ち着いています」


「なら座れ」


仕方なく座った。


「陛下は認めたんですか?」


「反対しておられる」


「王妃殿下は?」


「同じだ」


「当然です」


「私も反対した」


「なら婚約解消にはならないでしょう」


「カフェリーヌが望んでいる」


私は父を見る。


「……何を?」


「婚約解消だ」


「フェリが?」


「ああ」


「どうして」


「本人に聞け」


「聞いたら父上に聞けと言われたんです」


父が額を押さえた。


「兄妹そろって私を伝言係にするな」


「では教えてください」


「殿下から婚約解消の意向を聞いたとき、カフェリーヌは一度も引き留めなかった」


「……」


「陛下も王妃殿下も、殿下の一時の迷いではないかと考えておられる。しばらく時間を置くことも提案された」


「それで?」


「カフェリーヌが断った」


「断った?」


「婚約解消を認めてほしいと、自分から申し出た」


信じられない。


「泣いていたんでしょう」


「いや」


「無理してたんです」


「そうかもしれん」


「傷ついてるに決まってる」


「そうかもしれんな」


「なら――」


「アルフレッド」


父が私を見る。


「お前はカフェリーヌのことを、どれくらい知っている?」


「何です、急に」


「答えろ」


「妹です。十七年間一緒にいる」


「では、カフェリーヌが二年前の王宮馬術大会で優勝したことは?」


「……何ですって?」


「知らなかったか」


知らない。


「去年、外国の推理小説を一冊、自分で翻訳したことは?」


知らない。


「王妃殿下の依頼で、半年ほど前から慈善施設の会計を手伝っていることは?」


知らない。


父が椅子の背にもたれる。


「お前が知らないカフェリーヌは、たくさんいる」


何も言えなかった。


「五歳上のお前にとって、あの子はいつまでも後ろをついてきた小さな妹なのだろう」


否定できない。


「だが、カフェリーヌは十七歳だ。自分で考えられる。自分で決められる」


「だから放っておけと?」


「違う」


父は首を振った。


「話を聞いてやれ。助けを求められたら助けろ。ただし、あの子の人生を代わりに決めるな」


私は黙った。


「兄だからといって、妹の心まで所有しているわけではない」


痛いところを突かれた。


「……分かりました」


「本当に?」


「努力します」


「殿下は殴るなよ」


「それは内容次第です」


「分かってないじゃないか」


父のため息を背中で聞きながら、私は書斎を出た。



お読みいただきありがとうございました!


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