【視線の理由】
皇都に入る少し手前の人気の少ない路上で轟さんから降りた私達一行は、一度そこで轟さんと別れ、皇都の入口とされる大鳥居の前にやって来た。
大鳥居は不純物を一切含まない真っ白な石材で建てられており、真下に立てばその頂が見えない程の大きさだった。
「た、高いですね……幅も、十人程度なら余裕で並んで入れそうですよ?」
「この先にある港から物資を運んでくる商人の車や台車が一度に通れるように横幅は広めに取ってあるらしいよ。高さがあるのは、多分目印かな。『此処が皇都の入口だ』って分かりやすくする為に」
「目印ですか…」
確かに遠くからでも一際目立つ大鳥居は、港や遠くの山道からもよく見えるから、これをめがけて来れば迷子になる事はありませんね。
「それだけじゃないよ? この大鳥居に使われている石なんだけど、実は物凄く沢山の天然石と守護石が使われていてね。それらを皇帝直下の技術師の手で門外不出の秘伝の加工技術により形成された―――物凄く縁起の良い建造物なのさ」
「縁起が良いのですか?」
「例えば水晶、真珠、国外からも力を秘めた石を集めて作られてるんだよ」
なんて、主様はさらっと涼しい顔で言っておられてますが、水晶や真珠は貴族にとっても黒貂の裘……国外からの輸入品すら使用しているならば、この大鳥居はただの皇都の入口としてではなく、極東皇国が誇る“無価の宝”と言っても過言ではない。
「ふ……触れる事すら、はばかられる一等工芸品なのでは……?」
「あっはっは。大丈夫だよ、椿。この大鳥居はこの大きさだし、地にも深く刺さっている。何より、帝直下の皇国でも指折りの陰陽師の術式のお陰で、棗君の怪力でも傷一つ付かないんだよ」
「そうなのですか?」
「まぁ流石に試した事はないけどね。だけど古来からの因果関係なのか、陰陽師と“大鬼”の相性が悪くてね。正直、この大鳥居の近くに居ると【封魔の面】無しでも力が出しにくくなるんだよ」
「力が出しにくい?」
「触ってごらん」
なつ兄様に促されて、私は恐る恐る大鳥居に指先で触れてみた。
瞬時―――体内で循環していた妖力が、見えない力で押さえつけられるような重圧さを感じた。
本能的に嫌悪するこの感覚に、私は思わず大鳥居から指を離して後退る。
「別名を【退魔の門】。皆みたいに、僕の養子として“無条院”の家名を授かってない妖がこの大鳥居を超える事は困難。もし超えられたとしても、桜貴殿を筆頭とする皇都の軍事部が総出で討伐、或いは捕縛するんだ」
「こうやって、皇都は妖の襲来から守られているんですね…」
先程の嫌悪感はあれど、この身に感じた大鳥居の効果の絶大さに感銘を受けた。
「なー、主。そろそろ行かなくて良いのかよ? 最初に行くのって【天照城】だろ? 帝様待たせちまうぞ?」
天はあまり大鳥居に興味が無いらしく、つまらなさそうにしていた。
確かに、帝で在らせられる天神院明之彦様の御前に伺うというのに、いつまでも道草を食っている訳にはいかない。
―――……はず、なんだけど。
「あぁ―――大丈夫だよ。いつ行ったって帝様に会えるかどうかは“運”次第だからね」
と―――主様が飄々とした態度で軽く返答した。
私と天は主様の仰った事が理解出来ずにいたが、なつ兄様やつむ姉様はその意図を理解している様子で、三人揃ってさっさと大鳥居の先へ進んで行ってしまった。
「ちょっ、待てよ!」
「あ、主様…!」
私と天は急いで三人の後を追いかけた。
「二人とも、離れるなよ」
「お、おう…」
「それにしても、やはり皇都は凄い賑わいですね。人が多いです」
「皇都の外から来てる人も居るだろうからね。国外から入国して来た貴族もちらほら見受けられるね」
「国外の貴族様ですか…!」
始めて見る外国人を一目見ようと視線を至る所に向けた。
ふと―――行き交う人と目が合った。
(しまった…!)
思わず視線を外して、俯いたまま歩いた。
初めての皇都で浮かれ過ぎていたが、自分は“妖まじり”だ……。
(やはり……この姿を受け入れて、周りからのどんな誹謗中傷も飲み込もうと意気込んでいたものの……)
―――正直に……怖いものは、怖い。
面布越しに、恐る恐る兄様達の方へ視線を送る。
そこには一切の怯えも見せず、顔を上げ、堂々と街道を歩く皆様の姿があった。
同じ境遇のはずの皆様……その身に注がれる侮蔑の視線は、長い時間をかけて慣らされたのか…―――はたまた、本来は気にする必要の無い恐怖なのか。
今の私には、まだ兄様達の様な勇敢な姿を見せる事は出来ない。
だけど、家族として皆様と肩を並べる為に、私は渾身の勇気を振り絞り―――顔を上げた。
「―――あれ?」
視線を上げ、明るい街道の活気溢れる光景を視界に沢山映した瞬間、胸の内にあった不安がぱぁっと霧散した気がした。
それどころか、その活気に中てられた様に賑わう皇都の街並みに、わくわくと興奮が溢れて来た。
私は刮目したのだ―――“此処が、憧れた母国一の大都市…!”―――と。
「凄いです…! 皇都、凄い…!」
「そうだろ? 俺も初めて来た時は浮かれたもんだったぜ」
私の感想に同意してくれる天。
もしかすると、天も初めは皇都に来るのが怖かったりしたのかな…?
それが今では満面の笑顔で皇都の街並みを楽しんでいる。
私もすぐに、こうなれるのでしょうか…?
「……」
いいえ―――ならないと!
それに道中、行き交う人々の視線をちらほら感じたけれど、意外にも敵意の様な感覚は受けて取れなかった。
「どうだい、椿。初めての皇都は?」
「は、はい! 想像以上の活気で、お店も行き交う人達の衣服も華やかで、何処を向いても楽しいです」
「それは良かった! 本当は少し緊張しているんじゃないかと思ったけど、案外平気そうだね」
「まぁ……視線はあちこちから感じるのですが、だけど全然嫌な視線じゃない気がしてます。何と言うか……得体の知れない者を見ると言うより、珍しい陶芸品をまじまじと見ている様な目?」
「あっはっは! 良い得て妙な例えだね。気に入ったよ!」
主様は天を仰ぐほど仰け反って大笑いされた。
そんな主様を見る人々の視線の方が多かった気がします。
「正にその通りなのさ。今キミ達は『珍しい身なりの生きた美術の結集』なんだよ」
「い、生きた美術…?」
「椿ちゃんさ。初めて俺達を見た時、正直どう思った?」
「なつ兄様達を始めて見た時……」
私は顎に手を添えて鮮明に思い出した。
暗い地下牢に突如現れた漆黒の美しい鬼、宝石のような鱗を生やした大海の女神、明るく傍に居るだけで温かくなる様な太陽、大地の様な雄々しさと安心感を覚える石神、六本の腕が洗礼された彫刻の様に美しい妖艶な蜘蛛、鋭さと冷静さを際立たせる色褪せない漆黒の大羽を宿す烏。
皆様は、それはとても―――
「“美しかった”…です」
そう口に出した瞬間、何だか照れくさくて顔に熱が上がってくる感覚がした。
なつ兄様達は、逆に嬉しそうに微笑んで、順番に私の頭を撫でられた。
「まぁ要は―――そういう事さ」
そういう事―――つまり、今、人々が私達に視線を向けている理由は…。
その意味を理解したら、またも頬に熱が上がって来た。
「ささっ。それでは【天照城】へ急ごうか―――皆々様の“目の保養”となってね」
そう言いながら、主様は自身の身だしなみを整えて、きりりとした面持ちに変わった。
そして空かさずなつ兄様に「爺は違うだろ」と突っ込まれていた。




