【心のままに生きる女】
その後―――四半刻(約三十分)程、賑わう城下町と思いの外急峻な石垣の階段を上って辿り着いた帝の本宮【天照城】。
本来であれば、城に入る手前の城門前で、門兵の方に依頼して、帝様の御前へ取り次いで頂くのが通例なのだけれど…―――
「申し訳ない。本日、帝様は二刻程ご不在故、お引き取りを―――」
と、表情がまるで変わらない屈強な門兵様に淡々と言い放たれてしまい、お目通りが叶わなかった。
此処まで来て門前払い……と、それなりに衝撃を受けましたが、よくよく考えると事前のお目通り申告もしていないのだから、この対応は妥当だ。
しかしながら主様は「あい分かった」と、あっさり引き下がってしまうのだから、一体どうされたのかと不審に思ってしまう。
「なーなー、主。良いのかよ、このまま帰って?」
せっかく上った険しい階段を降りきった所で、不満そうな顔の天が主に問い詰めた。
門前で口にしなかった辺り、門兵の耳に入ると上役に告げ口されてしまい事を荒立てると理解していたのだろう。
そういう所は華族の一家、無条院家の者として心得ているみたいだ。
それでも不満たらたらで主様に詰め寄る辺り、やはりまだまだ幼いのでしょうね……。
しかし……主様は天の問いに対し、これまたさっぱりとした返しをされた。
「良いんだよ、これで。何せ、今の一連の流れこそが、帝に取り次ぐ予約の取り方なのだからね」
「「?」」
どういう意味でしょう…?
私と天はその意図が読めずに首を傾げる。
そんな理解が追い付かない私達を見かねてすぐに説明を始めてくれたのは、やはりなつ兄様だ。
「二人とも。先程の門兵が言った台詞を覚えてるか?」
「門兵の台詞?」
「えっと……確か、『帝様は二刻程不在』……と?」
「そう。ここからは機密事項だから他言無用だよ?」
なつ兄様が人差し指を口元に構えた。
機密事項と言うだけあって、周囲の様子も気にかけている。
私と天は頭を振って、なつ兄様の近くに寄って聞き耳を立てた。
「門兵の言っていた“二刻”―――これは即ち、帝にお目通りが出来るのは“二日後”という隠語なんだよ」
「隠語ですか?」
「そう。そして我々華族の者には他の民とは違って、もっと簡単に石垣を越えられる裏道を教えられている。だけどそこを通れるのは、今みたいな門兵との一連のやり取りを終えて予約を取り付けた者だけだ」
「何だか、かなり遠回しなやり方ですね? 文や使いを事前に送っていけないのですか?」
「駄目だね。この一連の流れを忠実に行うからこそ、次回のお目通りが叶う。ここまでやるからこそ、我が国の頂点“帝”の御前に出られる権利を得られるんだよ」
「成程…」
「それに、これには帝に害を成そうとする不届き物を退ける対処法にもなる。とびきり面倒だけど―――“皇都の宝玉”を護る為ならば、必然なのだよ」
全ては“皇都の宝玉”の為に……。
まだ見ぬ彼の御仁は―――それ程に貴く、気高き御身なのだ。
「でしたら、致し方ありませんね」
「だな。この苦労のお陰で、次はすんなり通してもらえるなら取り越し苦労にはならねぇか」
「お前が二日後の同行者の中に加われればな?」
なつ兄様が少しだけ意地悪そうに笑っている。
それを受けて天が雷を受けたような衝撃を受けている。
「いや…大丈夫…俺…護衛役だし…ッ」と、蚊の鳴くような声でぶつぶつ呟き始めた。
次回の皇都同行者選抜口論会は白熱してしまいそうですね……。
「それにしても、たった二日でお目通りが叶うなんて運が良いねぇ。前回は三月もかかったからね」
「やはり、帝様はそれ程までに御多忙な方なのですね?」
「うーん。多忙かどうかは分からないかな~?」
「え?」
「まぁ、無理だったものはしょうがないし。翆宮院医師の所に行くまでにまだ時間があるから、城下町でも散策して時間潰そうか?」
「あぁ」
「はーい」
「「………?」」
主様の提案に、なつ兄様とつむ姉様はすぐに賛同されたけど、私と天は相変わらず理解が追い付かないままです……。
「何してるの二人とも~。行くよ~」
「は…はい!」
「お、おう!」
*
*
*
城下町は、大きな【憂楽街】の様だ―――と、思ったのが正直な感想でした。
昨日、葵となつ兄様に連れられて【憂楽街】の中を沢山散策させてもらったけれど、 一口に“洋服屋”や“小間物屋”と言っても、お店によって扱う商品は多種多様。
【憂楽街】だけでも呆気に取られたというのに、皇都の……それも城下町だけで【憂楽街】の倍以上のお店と品数……呆気に取られるどころか、圧巻……です。
「す…凄いお店の数…人も多い…」
「椿ぃ、あんまり離れんなよ? こんな所で迷子になったら見つけるの大変だぜ?」
「あ、ごめん!」
色んな所に目移りしてしまって集団行動から外れかかっている私の手を天が引き戻してくれた。
確かに、こんな人通りの多い場所で迷子になったら、狼煙でも上げない限りすぐに合流出来そうにありませんね…。
……それにしても、時間潰しの為に城下町を散策すると言われていた主様の足取りは軽く、まるで次に伺う場所が決まった上で、そこに向かって一直線に向かっているようだ。
「あの、主様。何方へ向かわれているのでしょうか?」
「んー? 今向かってるのはね【京極書店】という場所だよ」
「書店? 本を買われるのですか?」
「勿論、目ぼしい書物があれば買うつもりだよ―――僕はね」
“僕は”―――と強調されたという事は、書店にご用事があるのは主様ではない様子。
そこで、ぴしっと手を上げて主張されたのが……
「僕っ、だよ~」
「つむ姉様?」
「うん。この前卸した新作の売り上げが気になってねぇ~。ご贔屓してくれてる京極さんとこに菓子折りもって行こうかなって」
「つむ姉様の新作……」
……それって、確か……官能小説の…?
「紡の本。結構売れてるらしいぞ」
「そっ……そう、なんだ……?」
どうしましょう……「凄いですね!」とも「流石です!」とも、言いづらい。
「まぁ内容はあれでも、紡は皇都でも屈指の文才の持ち主だ。華族の養子でありながら自活して尚且つ売り上げの一部を家計に分担してくれてる………内容はあれでも助かってるんだよ。内容はあれでも…」
「は、はぁ…」
なつ兄様…三回も言いましたね…。
「んっふっふ。物書きになったのも、官能話に手を出したのも、家計の足しにしてるのだって、全部僕が決めた事で一切強制されてない―――僕の好きにしてるだけさね」
―――“キミが決めれば良い”。
ふと、なつ兄様が以前言ってくれた言葉が脳裏を過った。
つむ姉様は、自身の心にとても素直に生きている。
それはとても羨ましい事であり、眩しい程に尊敬する。
「つむ姉様は官能小説以外もお書きになられるのですか?」
「うん。と言ってももう何年も前に書いた叙景詩とか……売りもんにはならなかったけど、今の僕になった時の気持ちを綴った抒情詩なんかも部屋にあるよ?」
「叙景詩…抒情詩…! あの、そちら是非読ませて頂いてもよろしいですか!」
「えっ! え、えぇ~~~まだまだ素人だった頃のやつだから何か恥ずかしいよぉ~」
そう言いながら、両手で紅潮した頬を抑えて体をくねくねするつむ姉様。
そんなつむ姉様をじっと見つめる私達四人の心中で思った事は一緒だった。
((((官能小説は嬉々として読ませたがるのに何故照れる…?))))
そんな疑問を抱きつつ、私達は次なる目的地―――【京極書店】へやって来た。




