【皇都への道中】
皇都へ向かう道中。
轟さんの車体が小さく揺れる中で、中に居る私は主様から翆宮院医師についてお話を伺っていた。
「では……翆宮院家の現当主でいらっしゃる翆宮院院長先生と、婦人治療の専門家でいらっしゃる奥方様。本日はそのお二人にご挨拶と、奥方様に身体検査を、院長先生に妖力の測定と精密検査をして頂くという事ですね?」
「その通り。特に、助手も含めて十名近くの霊力使いを率いて精密検査を行う翆宮院先生の“水晶眼”による検診は、国内どころか世界中を探しても片手の指くらいしかお目にかかれないんだよ」
「“水晶眼”…! 以前文献で読んだ事があります。確か―――『特別な術式を用いて水精霊と視界を共有出来る特別な瞳』……ですよね?」
「その通り。水精霊は特に生物の肉体に干渉しやすい。その子達の“眼”を借りれるだけで、体に起きている異変を視認出来る。実に優れた特異体質だよね」
皇都や西方の国にも関わらず、世界各地でそういった特異体質が存在する事も文献には記されていた。
水精霊の視界を共有する“水晶眼”、風精霊の聴覚を有する“風読耳”、炎精霊の声帯を持つ“炎嶽哮”―――。
どれも常人には無い特異な能力。
一昔前まで、それらの特異体質は人々から畏怖の念を持たれていたが、“水晶眼”を代々受け継ぐ翆宮院家はその力を医術に用いる事で、人々の信頼を得た。
「そんな凄い方に見て戴けるなんて幸運です」
「まぁ精密検査ってだけあって、診察を受けない者は別室で待機させられてしまうんだけどね」
「え。主様や兄様方は同行して戴けないのでしょうか?」
「うーん、ごめんねぇ? 精神の安定してる状態で受信させる事を徹底してるから、もしかしたら誰か一人くらいは同行させてくれると思うんだけど……こればっかりは専門家の判断に従わなきゃね?」
「そ…そう、ですよね…」
理解は出来るけれど……やっぱり、ちょっとだけ不安になる。
専門家のお医者様に診てもらうとは言え、現状で一番信頼出来る無条院家の誰とも一緒に居られない時間があるのは……まだ少し怖い。
「椿。心配しないで。万が一に備えて、僕等はすぐ近くに待機させてもらうからね?」
「あ、ありがとうございます…」
「大丈夫よぉ、椿。僕達も長い事お世話になってるし、何より他の華族のかかり付けになってるくらい患者を平等に接してくれる先生だからねぇ」
「そーそー。俺なんて前の診察の時に『もっと怪我をしない鍛錬をしなさい!』って心配されちまったよ?」
「そう…なんだ」
義兄姉がそれ程信頼しているなら、私も少しだけ安心出来る。
「まぁ院長先生に会ってみれば分かるよ。凄く良い人なのは間違いない。椿ちゃんのうちへの養子入りの申請に早々に著名してくれたしね」
「あの…養子入りに賛意して下さった六華族の当主様全員の著名が必要だった申請書……ですよね?」
「そう。真っ先に著名してくれたのは黒鳳院家だけど、その次に著名してくれたのが翆宮院家さ」
「つまり、今俺達と椿ちゃんが一緒に居られるのは、上級貴族の二家が早々に著名してくれたお陰で他の当主達にも筆を取らせる誘因になってくれたからさ」
「で、では私、お礼を言わなければ…!」
「そうだね。それはまぁ、追々として―――先ずはあそこだね」
「あそこ?」
主様が轟さんの窓から指を指す先に見えたのは、【憂楽街】から皇都へ続く道の途中からでもその全貌を一望出来る程に高く積まれた石垣の上に凛としてそびえ立つ城―――帝の本丸にして極東皇国が誇る【天照城】。
「わぁ!」
「立派なお城だろう。椿は初めて見るのかな?」
「はい! 父の書斎にあった皇都の歴史書に描かれたお城は拝見した事があるのですが、やはり実物は別格ですね!」
「椿ちゃん、何だか嬉しそうだね?」
なつ兄様に問われて、ハッと我に返った。
自分でも想定外な程、本物の【天照城】をお目にかかれたのが嬉しかったみたいだ。
「す、すみません……はしゃいでしまいました」
「全然良いよ。やっぱり城暮らしに憧れがある?」
「その……憧れと言いますか、この国の民でありながら、この国の象徴である【天照城】を一目見てみたいという希望が里に居た頃からありまして」
「確かに【白城の里】から城は見えないもんなー?」
「それもだろうけど、女の子なんだから一度はお姫様になってみたいって思うわよねぇ
?」
「え、えっとぉ…」
「ありませんでしたよ」―――とは言えませんね。
実際、幼い頃は実兄と一緒に『殿様・お姫様ごっこ』をよくしてましたし…。
言い淀む私の様子で察したのか、皆様がとても穏やかな笑みを浮かべている………主様以外、皆様面を着けているのに、何故か分かってしまう…!
「お姫様にしてあげられないけど、お城にはもしかすると今日上げてもらえるかもしれないから、楽しみにしておいで?」
「は、はい!」
そうだった……今から私達はこの国の帝様―――天神院明之彦様の御前に向かうのだった。
「私……帝様の御前では、一体何をしたらよろしいのでしょうか…?」
「特別何かする必要は無いよ。主にお話するのは僕だからね」
「そうなんですか?」
「と言うか、基本的に当主以外の付添人は帝の許可無く口を開いてはいけない。これは暗黙の了解なんだよ」
「そうなんですか!?」
「まぁ、今回伺う目的の主役の椿には会話を許してもらえると思うけど、自発的な発言がしたい時は僕に何か合図を送ってくれたら帝に許可を頂けるよ」
「………」
いいえ主様……そもそも帝様の前で自発的に発言する勇気がございません…!
「そ、そそっ…粗相しない様にしなくては…っ」
「椿ちゃん、椿ちゃん。そんなに気を張らなくて良いからね?」
「そうだよぉ。意外と話の分かる御方だよぉ、帝様はさ」
「俺も初めて会った時に菓子を手土産に貰ったっけな?」
一人で慌てふためく私を落ち着かせようとして下さるなつ兄様とつむ姉様。
そして天の意外過ぎる発言で、ちょっとだけ安心した。
そして、轟さんの車輪が、いつしか石敷きの道を走り始めた頃、主様が扇子をぱしっと勢い良く閉じた。
「さぁ、まもなく皇都に入るよ。皆の衆、下車の準備をしたまえ!」
その言葉通り、轟さんの窓の外から徐々に皇都に住まう人々の声が聞こえ始めた。
「椿。ようこそ、極東皇国の最先端の都―――皇都へ!」
「此処が……皇都!」
窓の外に広がる色鮮やかで、華やかで、活気溢れた皇都の様子が、私の心を鷲掴みにした。




