【いざ、皇都へ!】
翌日。
上品な黒い羽織を纏った主様と、初めて出会った時と同じ西方の異国の衣装を着こなし、綺麗なお顔を笑顔の仮面で覆ったなつ兄様、純白の狩衣と深紅の袴を身に纏った天。
私は自室で、ウデさんが用意してくれていた葵とお揃いの巫女装束なのだが、純白の白衣の袖や合わせには手の込んだ刺繡がされていて、袴は葵のとは違って美しい瑠璃色をしている。
着慣れている葵に、菊の紋があしらわれた千早を最後に着付けしてもらい、髪には昨日買った椿の花の飾りを付けた。
「ど、どうかな?」
「うん、完璧。お揃にしてもらって正解」
昨日の不貞腐れはすっかり無くなったみたい。
なつ兄様が昨晩の夕餉を葵の好物だという『おむらいす』と呼ばれる、卵で甘しょっぱい味付けの赤いお米を包んだ西洋の食べ物を用意したお陰でしょうか?
ちなみに初めて食べた私も、一口食べた瞬間猛烈に感動しました。
「棗君の策にまんまと嵌められた気がしなくもないけど……今回は椿が主役。だからお姉ちゃんは我慢するの」
「ごめんね、葵?」
「ううん。代わりに、皇都で人気のお菓子買って来てくれる? 勿論、主の奢りでね!」
「ふふっ、分かった。色々探してみるね」
「頼んだっ」
葵がぎゅっと抱きしめて来た勢いで、体勢を崩してそのまま畳の上に二人揃って倒れ込む。
私が後頭部、葵が額を強打してしまって、畳の上で悶えている所に、私を呼びに来た天がやって来て―――
「おーい椿ぃ! 準備でき―――…お前等、何してんだ?」
「~~~ッ」
物凄く不審な目を向けられてしまいました…。
「あー。大丈夫そうなら、そろそろ出るって主が言ってるけど?」
「……す、すぐ…行くね…」
「お、おう…。落ち着いてからで良いぞ?」
「だ、大丈夫…もう平気」
「そうか? なら急ごうぜ! 皆もう表で待ってるぞ!」
まだ微かに痛む後頭部を擦りながら、天と葵と一緒に主様達が待つお屋敷の玄関へ向かった。
「―――お。来たねぇ」
「お待たせ致しました!」
「大丈夫だよ。それにしても、よく似合ってるじゃないか! 海老茶式部な椿も可愛かったけど、此方も凛とした印象になって良いね~!」
「あ、ありがとうございます。ウデさんが用意して下さったんですよ」
「ウデさんには、うちからお揃いにしてってお願いしたの。刺繍も凝ってもらったから、大満足」
「え。この刺繍ってウデさんがやってくれたの?」
「ウデさん器用だからなぁ。ちなみに俺のこの衣装もウデさん作だよ」
「す、すごい!」
私の巫女装束の刺繍もですが、なつ兄様の西方衣装は造形も独特でとても繊細な作業が必要なのは明白……それを、腕だけのはずのウデさんが作成なさったとは……。
現在、家事に勤しんでいるウデさんへ絶大な尊敬の念を募らせている間に、お屋敷の前に“朧車”の轟さんが到着した。
「こっちも来たね。それでは出かけようじゃないか―――いざ、皇都へ!」
主様の音頭に頷くなつ兄様、「おー!」と声を上げる天、わくわくで胸がいっぱいで顔がにやけてしまう私。
そして、昨晩の夕餉の時間を盛大に騒がせた―――『誰が皇都へ付き添うか論争』を見事に勝ち取った―――
「んっふふ~。楽しみだわ~! 久しぶりの皇都。主様~? 道中に書店へ寄ってもらえるかな?」
「んー? ……あぁ、多分寄ると思うよ?」
「やったー!」
六本の腕を高らかに掲げて大喜びする、紡さんの五人が、轟さんの中へ入った。
窓から外を覗けば、やっぱりふくれっ面の葵、小さく手を振るすば兄様、『気を付けて行ってこい』と手帳に記しているウデさん、そして―――
「猫……ニャんで……ニャんでアヤはパーを出しちゃったニャ……」
「ずりぃよあいつ……腕多くて、どの手見れば良いのか混乱したじゃねぇかよ…」
ずっと静かすぎて気付きませんでしたが、玄関の端で落ち込んでいる綺ちゃんといさ兄様の姿があった…。
「んもーっ、いつまでもしょぼくれないでよ。お土産買ってくるって約束したじゃない。それに三回勝負って言って三回とも負けたのは二人でしょ?」
「分かってんよ! だから落ち込んでんだよ!」
「お土産ぇ! 皇都の新作お菓子沢山頼むニャ~!」
「はいはい。いっぱい買ってくるから良い子で待っててね」
確か、つむ姉様よりいさ兄様の方が先に養子入りしたから、兄妹の関係のはず…。
「本当にお前らはどっちが上か分からんな」
「勇君がお子ちゃまなのよ」
「それはまぁそうだ」
「な、なつ兄様…」
いさ兄様って、意外と天よりも末っ子さんなのかもしれません…。
「では、家と街の事は任せたよ」
「い、いってきます!」
轟さんが車輪をゆっくり動かし始めた。
ごろごろ…がたがた…と車体が揺れて、【憂楽街】の鳥居の前で静止した。
「さて、此処から先は僕の妖力制御の結界外だ。皆、あれを忘れてないね?」
「あぁ」
「当然!」
「はいな~」
「?」
皆さん、主様の「あれ」が何の事か瞬時に理解したらしく、各々懐や着物の袖から何かを取り出した。
それは、お面―――【封魔の面】だ。
なつ兄様は【笑顔の仮面】、天は布で出来た【“目”の字が書かれた面布】、つむ姉様は口元だけを覆う【漆黒の口布】を、それぞれ身に着けた。
「はい、椿。これがキミの面だよ」
主様が手渡して下さったのは、不思議な書体で【椿】と書かれた面布。
「葵からの要望でお揃いにしてみたよ。使ってみてもっらって、もし不具合があるようならキミに合う様に改良していくから、遠慮なく行っておくれ?」
「ありがとうございます。それが皆様の【封魔の面】ですか?」
「そう。椿ちゃんは俺の仮面に見覚えあるよね?」
「はい。あの時は葵もお揃いの面布を着けてましたし……やっぱり、領地の外では必要になるんですね?」
「その通り。主に、俺達の体から溢れる妖力を軍事部が誤認して攻撃されない様にする為と、妖力に態勢があまりない幼子や高齢者に負荷をかけない為だね」
「え…見た目を隠す為ではないんですか?」
「見た目? ……あぁ。俺の場合は面を着けてれば角が引っ込んで、見た目は普通の人間に見えなくはないけど、顔だけ隠した所で“妖まじり”の特徴は隠しきれないよ」
「“顔”っていうのは“名”の次に個人を特定する要素だ。妖にとって“顔”を隠すという事は、自己の隠蔽……強いては存在意義をあやふやにさせてしまう行為だ。知性の高い妖はそうやって人の世に溶け込んで悪さをする奴も居るから気を付けるんだよ?」
「皇都にそういった妖が出るのですか?」
「寧ろ皇都の方が多いね。人口が多いから紛れやすいんだよ」
「……どうやって見分けるんですか?」
巧妙に人間に変身する妖もいると聞いた事がある。
もし悪意のある妖と出くわしてしまったら、どうやって対処したら良いのか……今の私には全く想像が出来ない。
「今言ったように、顔を変に隠そうとしてる奴は要注意だね。あとは人気の無い場所へ誘導しようとする奴や、女子供を執拗に追いかける奴とかね」
「と言うか普通に怪しい奴なら、妖、人、関係無く現行犯確保だよ」
「一番手っ取り早いのは、面を外して妖力を全開放しちゃう事だね。大抵の野良妖は自分よりも大きな妖力を感知したら逃げ出すから、もし危険な目に遭いそうになったら椿もそうしなさい」
「わ、分かりました!」
取り合えず、危なくなったら面を外して妖力を解放する、ですね。
その事を頭の片隅に置いて、私達は皇都へ向かってくれる轟さんの中で到着を待つのでした。




