【誰が行く?】
私、椿の新名を皆様に伝え終えた後、義兄姉の皆様から色々な質問を受けました。
主に、その名前になった理由とか、「椿」という名を気に入っているか、等。
私は昼餉を頂きながら質問に答え、無条院家の皆様との楽しい時間を過ごした。
「さてさて。それでは腹も満たされた所で、明日皇都へ行く面々を選抜しようかな」
全員が昼餉を食べ終えた頃、主様が懐から取り出した扇子を勢い良く開いた。
瞬間、談笑していた皆さんの表情が少し強張り、空気感も引き締まった気がした。
(やっぱり……“妖まじり”の私達が人の都である皇都へ赴く事は、何かと懸念するのでしょう……)
私とて、この姿になってから人の前へ出向く事には不安がある。
だけど、今更この事実に目を背けた所で何かが変わる訳ではない。
(寧ろ……昔の自分より、今の自分の方が“居場所”があるもの。この姿を他人に見られて……多少なりともそういう目に慣れないと……)
そう自分に言い聞かせても、脳裏には【白城の里】で迫害されていた時の事が鮮明に思い出されて、体が強張る。
たった三年間の差別でこんな風になってしまうんだもの……もっと長く“妖まじり”だった皆様は、きっと、もっと恐ろしいはず―――
「……ちなみに、皇都へはどういった目的で向かわれるのですか?」
「ん? あぁ、そう言えば椿にはちゃんと話してなかったね。今回皇都へ行く理由の一つは、椿を翆宮院医師に紹介も兼ねて診察してもらおうと思ってね」
「私の診察ですか?」
「昨日の今日で大分体力も回復して妖力も安定してきてはいるけど、薬湯だけじゃ表面上の傷しか治せないからね」
「表面上?」
「あ。心とか精神とかって意味じゃないよ? うーん……この辺の説明は棗君にしてもらった方が的確かな?」
「そうだな。椿ちゃん、翆宮院医師に診察してもらうのは、俺達みたいな“妖まじり”は妖化したとは言え、元は人間だから、残っている人間の部分を診てもらうんだよ」
「残ってる人間の部分?」
「例えば臓器とか。妖によっては臓器の配置や種類が人間とは全く異なる者が多い。けれど、今まで出会って来た“妖まじり”の中で、妖特有の臓器が増えた者は居ても、減った者は居ないんだ」
「妖特有の臓器……ですか?」
「そう。うちとか」
質問を投げかけた私の問いに答えてくれたのは、隣に座る葵だった。
「うちは“赤又”の毒袋が増えた。うちの唾液には毒の成分が含まれてるから、襲ってきた奴に噛み付いたりして毒を流し込むの」
「そうなの!? ……あれ? 私さっき葵の飲みかけのクリームソーダ飲んだけど…っ!?」
「あ、うん。毒の出し入れは意識してれば調整出来るの。じゃなきゃ、美味しくご飯食べられない」
「な、成程…」
葵には悪いけど、ちょっとほっとした…。
「肉体的な診察が必要な者も居る。勇も“石妖”の特性の影響で、肉体に綻びが生じる時があるからね」
「あぁ。俺の場合は、本来は岩で出来てる“石妖”の岩肌と、人間だった頃の肉体が絶妙な均衡を保ってるんだが、時々“石妖”の力を使い過ぎて、生身の肉体が石化に耐えられずに崩壊するんだ。ほら、この辺とか?」
勇さ…―――いさ兄様はそう言いながら着物の袖を捲し上げた。
そこには、肌色をした筋肉質な二の腕に、くっきりと刻まれたひび割れがあった。
ひび割れの周辺は石の様な質感に変わっていて、色も石の様な灰色に変色している。
「まぁこいつは、俺が“妖まじり”になって日が浅い頃に、誤って暴走しちまった後の傷痕だ。妖力のデカさを知るのも大事だが、そもそもの使い方が分かってねぇと、文字通り身を滅ぼしちまうぜ」
「……そう、ですね」
この時……私は、里の地下の檻で、怒り任せに力を暴走させた時の事を思い出した。
感情の爆発が、そのまま勢い付いて、地下を崩落させた。
あの時、なつ兄様が居なかったら……私は今頃ただでは済まなかったでしょう。
「……」
それにしても、意識すれば妖特有の作用は調整出来る―――これは結構良い事を聞けた気がする。
もしこの先、私が“九尾狐”の力を上手く使いこなせない時が来るかもしれない。
仮にそれを自分の意思で調整する様になれれば、“九尾狐”の力を世の為人の為……無条院家の皆様の為に使う事が出来るはず。
そうすれば―――私達“妖まじり”へ向けられる意識改変に役立てるはずだ。
「まぁ今回は怪我をした訳じゃないし、定期健診の初診と自己紹介を兼ねて、翆宮院一族の【翆菖医院】に行く―――それが目的の一つだ」
「分かりました。私自身もこの体がどれ程以前の体より変化しているのか、見た目だけでは把握出来ていない部分が多いので、しっかり診て頂きたいと思います」
「それが良いよ」
「それで、他の目的とは?」
「二つ目は、昨日の【白城の里】でもお世話になった人に挨拶しに行くよ」
「それって…」
それは、この皇国の軍事部最高責任者にして、六華族の序列第一位の大貴族、黒鳳院家の現当主―――黒鳳院桜貴様の事だ。
「桜貴様……そう言えば私、里であれだけ尽力して戴いたのに、ちゃんとお礼出来ていませんでした」
「あの時は椿ちゃんの保護と、その件に関わった領主を始めとする全ての領民の取り調べ業務でお互い忙しかったからね」
「うん。だから明日お礼も兼ねて改めて挨拶しに行こう。場所は皇国防衛軍の拠点【極東軍事本部局】。ちなみに【翆菖医院】のすぐ隣だから、どっちも日が暮れる前には終わらせられるよ」
「日が暮れる前には?」
積もる話をしたり、詳しい話を聞いたりするだけで、丸一日近く浪費するでしょうか?
「あの、皇都へ行く目的はそれで終わりでしょうか?」
「いいや。実はもう一つあるんだけど……これに至っては、先方の都合によっては明日中に伺えない可能性があるから、明日皇都に行ってみないと分からないな」
「当日にならないとご都合が分からないとは、随分とお忙しい方なんですね?」
「……………まぁね? 一応は多忙な御仁のはずなんだ」
たっぷりと間を空けて返答するなつ兄様は、蚊の様な声で「はず…なんだよな…」と、遠い目をしながら口にした。
私はこの時、その意図を理解出来ず、ただ首を傾げるだけだった。
「まぁ何はともあれ。明日はそう言った予定の目白押しだからね。各自しっかり食べて、たっぷり寝て、英気を養う様に!」
主様が満面の笑顔でそう言い放てば、皆様揃って「おー!」と声を揃えた。
何だか皆様、とても楽しそうな顔をしている。
(先程見せた、引き締まった表情とは打って変わって……どうしてでしょう?)
不思議に思ったのも束の間―――その理由は次の瞬間、主様の発言で理解する事になる。
「では皆の衆―――誰が皇都に行く?」
ぴしっ―――
「え…」
どういう訳か、またも空気がぴりぴりとし始めた。




