【新名お披露目】
「お待たせ~」
「お待たせしました」
葵と二人で大広間に着いた頃には、既に室内にはお膳が並べられ、主様や他の養子の皆様が各々お膳の前に座っていた。
「おー、二人とも。よく眠ってたそうじゃないか。疲れが取れないかい?」
「いいえ。もうすっかり元気です」
「そうか! それは良かった。早速で悪いけど、この場でお嬢さんの新名を発表しようと思うんだが、良いかい?」
「は、はい。勿論です」
「よし! では主役も揃った事だし早速………あれ? 紡が居ないね?」
「あいつは今、廊下で寝てる」
「あ。またなの?」
「まただ」
「そっかぁ。じゃあしょうがないね。紡には後で教えてあげるとしようかな」
「………」
あぁ…やっぱり主様も慣れていらっしゃる…。
ここまで家の人達がほったらかしているなら、「何だか可哀そう」とか、「ちょっと申し訳ない」とか、考える方が無意味なのかもしれない……なんて思考が巡る。
郷に入っては郷に従え……と言うやつでしょうか?
「おーい」
主様の方へ視線を向けていた私の隣に座っていた天が、何故か仏頂面で此方をじとーっと見つめて来る。
そう言えば、今朝と服装が違うし、髪が少し濡れている様な…?
「朝餉の後。棗と葵連れて街に出かけたんだろぉ? いくら領地の中とは言え、護衛役の俺を置いて行くとかぁ、ちょっと寂しかったんだけどぉ?」
わざと語尾を伸ばしながら、頬をぷくーっと膨らませて拗ねてる様子を強調している天。
そう言えば自己紹介してくれた時に護衛役になったって言ってたような…?
「あっ。ご、ごめんね? 急に決まった事だったから…」
「そうだぞ、天。先程の買い出しは俺からの葵への詫びなんだ」
「棗が葵に? 何で?」
「今、主から話があっただろ? 今朝の朝餉の後で彼女の新名が決まったんだけど、その際に主と彼女以外に俺も同席してて抜け駆けしたからって…」
「そうだよ。うちは長女なのに。ずるかったから」
「それは確かにずるいな」
「「「うんうん」」」
「えー」
葵と天の言葉に、他の養子の皆さんも首を縦に振った。
皆さんのその反応に、なつ兄様だけが不服そうな声を漏らしていた。
「で、でもね天? 領地内って事もそうだけど、傍にはずっと葵となつ兄様が付いてくれてたから、寧ろ凄く安全だったよ?」
「だとしても俺の役目が―――………なつ兄様?」
不満を吐露する天だったが、ふと真剣な面持ちに変わって、私の言葉を鸚鵡返しして来た。
「その“なつ兄様”って………もしかしなくても?」
「え? うん。棗さんの事だけど?」
「うわっ…棗お前…早速兄妹上下格差の強制を…?」
「馬鹿言うな」
空かさず、なつ兄様が天の勘違いを否定した。
天に不審な目を向けられながらも、慣れたて手付きで配膳を進め、全部の配膳を終えて空いている席に腰を下ろす。
「まぁまぁ。積もる話は食事を楽しみながらだ。それでは、いただきます」
なつ兄様が着席するのを合図に、主様が食事の号令をかける。
大広間に居る全員で「いただきます」と声を揃えて、目の前の美味しそうな昼餉に箸を伸ばす。
本日の昼餉は、鮃の煮つけ、色とりどりの野菜が入った筑前煮、茄子と揚げだしの味噌汁、そして炊き立ての白米。
目にも満足の食事を前に、口にする前から唾液が止まらない。
【白城の里】で食べていた物よりも色が濃い煮つけは、香りだけでも白米が進んでしまいそうだった。
箸で柔らかい身を解し、口に含んだ瞬間―――しっかり甘辛のとろみもある煮汁を纏った鮃の美味しさに、感動した。
「お……おいひぃっ」
「味濃くなかった? 昨日の今日だし、調子が分からなかったから薄味の方が良かったかなって思ったんだけど…?」
「大丈夫です。喫茶店で色々食べても平気でしたし」
「それもそっか。けど無理しないようにね?」
「喫茶店まで寄ったのかよお前等ぁ…っ」
「天うるさーい」
お箸を握ったままぷるぷる震える天。
葵の注意を受けてしょぼくれてしまったけれど、それでも煮つけの身を取る手を止めない。
怒っててもお腹は空いてるんだね…。
「さてさて皆の衆。腹の虫も治まって来た所で、いよいよ新入りの新名のお披露目を始めようじゃないか!」
主様がお箸を置き、湯呑に手を伸ばしひと啜り。
美味な昼餉に舌鼓を打ちながら「はぁ~」と深く息を吐き、満を持して本題に話を振られた。
その言葉を受け、皆様の視線が一斉に此方を向けられる。
口に入れたばかりの白米を急いで咀嚼して飲み込み、私は姿勢を正した。
「それでは、改めて自己紹介を頼むよ。新しい我が娘よ?」
「は―――はい!」
「よっ! 待ってました!」
「猫! 何っち? 何っちぃ?」
皆さんの目が期待に満ちている。
既に知っているなつ兄様と葵は優しい視線だけを此方に向けている。
「自信を持って」―――そう励ましてくれている様な視線だ。
「僭越ながら、此度、主様より新名を賜りました―――名を“椿”と改め、皆様と同じ無条院家の家門に加わらせて戴けた事、心より感謝と喜びを申し上げます。不束者では御座いますが、これから宜しくお願い致します!」
私は深々と頭を下げた―――と同時に、大広間に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
顔を上げると、主様を始めとする他の養子の皆様、更にはウデさんも拍手の中に加わっているが、どう見ても目の前の人数以上の拍手の音がする。
その拍手は、天井、床下、廊下、外からも聞こえて来る。
「では改めて。新たに我が家に加わってくれた僕の可愛い娘、椿よ。屋敷に居る全ての人、“妖まじり”、そして妖達はキミの仲間入りを歓迎するよ!」
どうやら視界で捉えられない場所からの拍手は、このお屋敷に住み込む妖さん達からの歓迎の音だった様ですね。
(妖に歓迎されるなんて……つい最近まで身の毛が弥立つ程の嫌悪感が沸き上がっていたはずなのに……)
今は―――この素敵な家族の中には入れた事が、何よりも嬉しい。
「“椿”かぁ。良い名前貰えたな、椿」
「ありがとう、天。私も、この戴いた名に恥じない生き方をしたい。なので、解らない事があったら沢山質問するかと思いますので、どうかご容赦願います」
「かったいなぁ、椿は。けど任せろ! お兄ちゃんの俺が何だって教えてやるぜ」
「ありがとう。皆様も、どうぞ宜しくお願い致します」
「こちらこそ。よろしくね、椿ちゃん」
「よろしく、椿」
「兄貴が“なつ兄様”なら、俺の事は“いさ兄様”って呼んで良いぞ」
「……すば兄様」
「猫《マ~オ》。アヤは“綺”のままが良いニャ。でも出来れば“ちゃん”を付けてくれると嬉しいニャ。アヤは椿っちって呼ぶニャ~よ!」
「何はともあれ! ようこそ、無条院家へ!」
主様、義兄、義姉の皆様の歓迎を一身に受け、心の底から幸せを感じた。
―――あぁ…なんて温かい場所なんだろう…。
「はい! これからお世話になります!」
私、無条院椿は、今日からこの家族の皆様と幸せな人生を送って行くのだと、信じて疑わなかった。
あの日……“あの人”と再会するまでは……―――




