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【モダンガールと朧車】


「とーちゃく」

「葵、此処は?」

「ふっふっふ。女子の必需品を帰る所」


 自信満々に口角を上げる葵に連れられてやって来たのは、紺色の暖簾が風で揺れる店頭。

 店内を覗けば、中には大まかに手の平の大きさの小物ばかりが置かれている。

 新品の筆や、櫛、手鏡、手巾など、日常生活に必要な商品が扱われているみたい。


「此処って、小間物屋?」

「そう。残りの必要な物は此処で全部集める」

「必要な物……鏡と、櫛と、手巾と……あ、髪飾りも少し見たいです」

「おっけー。棗君、どうする?」


 葵が後ろに控えている棗さんに振り返る。

 そこには大量の荷物に体の半分が埋もれて……項垂れている棗さんの姿が…。


「俺は、此処に居るよ……荷物有るし……ちょっと休憩しとくね……」

「そ? それじゃ待ってて。行くよ、椿」

「う、うん…!」

「いってらっしゃい」


 手をひらひら振って見送る棗さんを尻目に、葵に手を引かれて小間物屋の店内へ足を踏み入れた。


「いやはや―――はぁ…女の子ってほんと凄いわぁ」


 背負った荷物を降ろして、店の外に置かれた長椅子に腰かける棗。

 力を抜くように深い溜息を吐いて、ふと視線を空へ向けた。

 晴天は完全に雲に覆われ、太陽も顔を隠した。

 雨の匂いも大分強くなって来ている。

 常世にも天気という概念が存在するのかという疑問は、長年この常世で暮らす棗ですら理解が及ばない。

 自信を持って言えるのは、この場所にも天候は存在し、季節になぞった寒暖も存在するという事だ。

 そして―――否、しかしと言うべきか?

 この【憂楽街ユウラクガイ】では、雪が降らない。

 単に、この場所が南方の地方に存在しているのかもしれない……という説の通りではないだろう。

 この空間を維持しているのは、主である智魅トモミの霊力と、彼の意思に沿う妖達の妖力―――つまりは、雪国では生息出来ない妖が比較的に多い所為かもしれない……と言うのが、棗が秘かに考えている考察だ。

 実際、自分に混じった“大鬼オオオニ”は雪国には殆ど生息していないと聞くし…。

 

 まぁ、それはそれとして…―――


「思ったより早く降り出しそうだな……―――あいつ(・・・)、間に合うかな?」


 棗は足を組んで、その上に肘をついて頬杖をつく。

 懐から先程吹いた小さな筒を取り出し、再び真ん中の摘みを数回捩じって、再度呼び笛の様に吹く。

 音は一切しない―――だけど、その行動は明らかに何かを呼んでいる(・・・・・)様な仕草だ。

 ひと吹きした後で、棗は長椅子の上で一息吐く。


「荷物が濡れる前に来てくれよな―――トドロキ


 棗は荷物の監視をしながら、外で女子達の買い物が終わるのを大人しく待つのだった。



 私は葵に手を引かれて小間物屋へ足を踏み入れ、瞬時―――感動に近い衝撃を受けた。

 ただの生活用品……されど、その種類の多さと色鮮やかさは今まで目にしてきた物とは別格だ。

 どれもこれも、生まれ育った【白城はくじょうの里】の小間物屋の品とは雲泥の差。

 機能性を重視しただけの味気の無い色と種類の少なさ、おまけに使用している素材も決して上等な物とは言えない。

 華族の一家が治める領地のはずなのに、どうしてあんなに質素だったんだろうかと、家を離れて余計に思わされる。


「すごい……どれから見るか迷ってしまいます…!」

「なら最初はこっち」


 葵が「こっちこっち」と手招きする先にあったのは、紅や白粉、香油や化粧水も陳列している。


「これは……お化粧品?」

「そ。椿も目指そう、イケてる女―――西洋淑女モダンガールに!」


 葵の力強い圧に押され、私は思わず「は、はい!」と返答した。

 葵は私に合いそうな紅や香油を次々手にしては、私の肌に宛がったり、香りを確かめたりして、私以上に真剣に吟味を始めた。

 私は葵の真剣さに圧されたまま、置物の様にされるがままになっていた。

 凡そ四半刻(約三十分)後―――化粧品の陳列棚から動かなかった葵は満足そうに幾つかの化粧品を手に取った。


「も、もう良いの?」

「うん。良い物を見つけた」

「そ、そっか。えっと……棗さん、外でずっと待ってくれてるし―――」


 「そろそろ行こう?」と言い切る前に、葵は流れる動きで別の棚の前に移動した。


「次は、髪飾り!」

「あ……………はい」


 またも目を輝かせる葵の圧に押され、私は言われるがまま後に続いた。


(あぁ……棗さん、ごめんなさい)


 心の中で棗さんに謝って、これ以上無駄に時間を掛けないように、もう既に両手にいっぱいの髪飾りを手にして待ち構える葵のお人形になる事に徹した。



「うむ。余は満足じゃ」

「そ、それは……良かった、デス」


 お店に入ってから、早半刻(約一時間)が経過した。

 気付けばお店の外からザザァ…という雨の音が聞こえ始めた。

 雨の匂いも一層強まり、雨音からしても結構な豪雨と予想される。

 そんな中、満足そうに「ふふーん」と鼻を鳴らす葵に対して、色々やってもらって(試されて)魂が抜けそうになっている私が、風呂敷いっぱいの品を抱えてお店から出ると、ギリギリ屋根の下にあった長椅子に腰かけていた棗さんが、口を半開きにして固まってしまった。


「………それ。全部買ったの?」

「うん。予算超えそうだったから、厳選に時間かかっちゃった」

「んー? 厳選してこの量?」

「この倍は欲しかった」

「はぁー……凄いね。色々と…」

「お、お待たせしてしまい申し訳ありません…!」


 ぎっちり詰まった風呂敷を手渡された棗さんが、呆れ……を通り越したのか、寧ろ感心したような感嘆の声を漏らした。

 きっと待つのに疲れてしまって、脳みそが目にした現実を前向きに受け止めようとしているんだ……本当に、ごめんなさい。


「まぁ、何だ……必要な物は十分買え揃えたかな?」

「うん。これなら暫く保つ」

「そ、そっか……と言うか今更だけど、明日皇都にも行くからその時でも良かったんじゃ?」

「あ」


 葵から素っ頓狂な声が漏れた。

 葵はもしかすると、一度集中すると周りの事が見えなくなるのかもしれない…。


「こ……皇都だと、妖力封じの布面しないと駄目。そう! 服も化粧品も顔がちゃんと見える時に買わなきゃでしょ?」

「真っ当な理由こじつけたね?」

「それに今日のこれは棗君のお詫びのはず」

「ぐっ…」


 痛い所を突かれた棗さんは「負けたよ」と肩を落とした。


「それじゃあ雨も強いし、そろそろ屋敷に帰ろうか?」

「はい。ですが…」


 外は生憎の雨天な上に、屋根の外はかなりの雨量。

 傘を差したとしても、大荷物を抱える棗さんはずぶ濡れ必須だ。


「あぁ。それなら問題無いよ―――もう呼んだからね(・・・・・・・・)

「呼んだ?」


 駕籠かごでも手配されたんでしょうか?

 それでも、この大荷物を入れるだけでも一苦労しそうだ。


「お。どうやら着た様だね」

「着た?」


 「一体何が?」―――そう思い、棗さんが視線を向ける先に、私も目を凝らす。

 一見すると、雨と霧で白む街中の風景……しかし、徐々に“カラカラカラ…”という車輪の動く音が近づいて来る。


「な、なに…?」


 視覚で捉えられないその存在に私は警戒してしまった。

 思わず棗さんの背に隠れると、棗さんはにっこり微笑んだ。


「大丈夫だよ。は無条院家専属の車だ」


 車輪の音が、私達のすぐ近くで鳴り止んだ。

 そこには何も居ない……はずなのに、この距離でようやくその存在の妖気に気付く事が出来た。


「ご苦労さん。すまないが、今だけ姿を見せてやってくれないか? 新入りが居るんだ」


 棗さんが不可視の存在に向かって声をかけると、その存在が消していた己の姿を露わにした。

 その姿は―――牛車。

 しかし牛は引いておらず、代わりに大きな顔が駕籠に貼り付いている。

 大きな目がぎょろっと此方を見て来た事に驚いて、私は軽く悲鳴を上げた。

 すると……逆に私の悲鳴に驚いた大きな顔が、涙を浮かべてしくしくと泣き出してしまった。


「あっ、も、申し訳ありません! 少し驚いてしまって…」

「初めてだと吃驚するよね。ちゃんと紹介するよ」


 棗さんが泣きじゃくる大きな顔を優しく撫でてあやし始めた。

 

「こいつはトドロキ。妖怪“朧車オボログルマ”だ。アカツキ同様に主と主従契約を結んでいる妖で、うち専属の運び手だ」

「と…轟、さん?」

「そう。こう見えても妖としては生まれたてで、まだ五十歳くらいなんだよ」

「五十歳…」


 本来であれば十分な大人としての年齢ですが、棗さんもこの容姿で四十らしいですし、妖勘定では百歳未満はまだ幼子という事でしょうか?


「本来であれば此処から皇都までの行き来を任せているんだけど、今日は椿ちゃんとの初顔合わせって事で来てもらった。彼だけに聞こえる呼び笛“轟笛”でしか彼を召喚出来ないし、この笛を所持して良いのは、俺達、無条院家の者だけだ」

「あっ。それで先程の笛を?」

「その通り。この笛の中心にある摘みを調節する事で音色が変わる。音色の種類によって、来てもらう時間帯を指定出来るし、吹いた者の妖気を追って来てくれるから場所も分かるんだ」

「すごい! 賢い方なんですね!」


 初めて目にした朧車という妖の優秀さに感銘を受けていると、褒められたと分かったのか、泣いていた轟さんがその大きなお顔でへにゃっと嬉しそうに微笑んだ。

 最初に見た時は大きさも然る事ながら、野獣のような大きな牙と、零れ落ちそうな程飛び出た目に覚えてしまったけれど、まだ幼さが残る微笑みを見せられては、私も思わず胸の奥がきゅっとときめいてしまう。


「かわいい…っ」

「「分かる!」」


 うんうん、と首を縦に振って同意する棗さんと葵。

 成程……昨日、葵が「愛嬌があって可愛らしい」と言っていた理由が理解出来ました。


 ご褒美を貰えた子供の様に喜びながら、轟さんは後簾を開いた。

 棗さんは抱えた荷物を順に轟さんの中へ入れて行き、全て積み終えると再び轟さんの中から出て来た。

 

「荷物が濡れなくて良かったよ。ほら、キミ等も入っておいで」

「うん。行こう、椿」

「は、はい…!」


 正直、いくら愛嬌があっても妖の中へ入っていく事には抵抗があった。

 だけど信頼する二人は平気な顔で轟さんの中へ入って行く。

 後簾から棗さんが手を差し伸べてくれたので、私は意を決してその手を握り返し、轟さんの中へ入る。


「お、お邪魔します」


 轟さんの中は、外見からは想像出来ない程に、広くて清潔感があった。

 棗さんも葵も、歩き疲れたのか轟さんの中で足を崩して寛いでいる。


「轟。屋敷まで頼む」

 

 棗さんの言葉を受けて、轟さんはゆっくりと動き始めた。


「どうせだから、ゆっくり帰ろう。雨だけど外の景色でも楽しんでご覧?」

「は、はい」

 

 未だに気を張っているのが伝わったのか、棗さんに気を紛らわす方法を促された。

 物見から外の様子を伺うと、雨の所為で店頭に出した商品を片付けるのに必死な街の人達の様子が見て取れる。

 しかし、誰もこの一際目を引く轟さんの事を気にしていない。

 先程の不可視の妖術で姿を消しているのだろうか?

 下手に注目されずに、静かに変えられるのは有難い。

 私もようやく轟さんの中で一息吐き、雨に濡れる【憂楽街】の中を、カラカラ…カラカラ…とのんびり揺られて帰路に就く。


 しかし―――不可視というのは、便利であり、少し困る事もあるもので…。


「―――あれ? 今何か…?」


 物凄く速い物が通り過ぎたような?


「ぜぇ…ぜぇ…な、棗ぇ! 葵ぃ! 嬢ちゃん! 何処だー! このテンちゃんが、今行くぞー!」


 雨の音に搔き消されるその声の存在に気付いたのは、お屋敷に帰った後の事になったのでした…。


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