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【お洒落女子の行動力】


「椿ちゃん、落ち着いた?」

「は…はい」


 結局、珈琲コーヒーの苦みに苦戦して、プリンのお替りとアオイが分けてくれたメロンソーダという飲み物とロールケーキというお菓子で、何とか飲み切った。

 我儘で珈琲を注文しただけではなく、プリンのお替りまでさせてもらって……情けない。

 あ、でもロールケーキはとても美味しかった……あとメロンソーダがパチパチしてて驚いたけど、美味しかった。


「どうだった? 初めての喫茶店は?」

「は、初めての物が沢山あって、予想外な事もありましたけど……それより、ずっとずっと素敵な物に溢れてる期待以上の場所でした!」


 夢にまで見た喫茶店は、まさかの妖も通う常世の街の中で行く事が叶ってしまった。

 けれど―――今も胸の内側から溢れ出るキラキラしたこの思いは、皇都の喫茶店では味わえなかったのではないかと思う。

 だって此処には、妖も、妖と仲良くしている人々も居る。

 私達・・が居ても……誰も侮蔑の眼差しで見て来ない―――


「さて。それじゃそろそろ次の店に向かおうか。ウデさんが言ってた通り、ちょっと天気が怪しくなってきたみたいだし…」


 ナツメさんの言った通り、窓から見える空模様が、晴天の青色から天を覆う灰色に変わって来ている。

 心成しか、雨の匂いまでしてきた気がする。


「ひと雨来そうですね…」

「だね。傘も持ってきてないし、出来るだけ急ごう」

「なら最初は呉服屋。その後はブティック」


 席を急ごうという棗さんの言葉に、葵が真っ先に返事した。

 呉服屋は分かるけど、『ブティック』って何だろう?


「どっちも服屋じゃないか? 降ってくる時間も考えると、他の物を買ってる時間が無くなるかもしれないぞ?」


 あ、服屋さんの事だったんだ。

 呉服屋と呼び方を変えているという事は、恐らく扱っている商品が違うのでしょうか?

 棗さんに指摘された葵は、人差し指を立てて「ちっちっち」と言いながら否定の意を示した。


「棗君、分かってない。女の子は流行に乗った服を持ち合わせておかなければ勝負に勝てないんだよ」

「勝負って何の?」

「流行りに乗るイケてる女の戦い」

「あー……そうなんだ?」

「そうなの」


 ドドンッと胸を張る葵に対して、棗さんは理解出来てなさそうな表情を浮かべている。

 かく言う私も「あ、そうなんだ…」と、今初めてイケてる女の戦いとやらの存在を知った。


「ま、まぁそういう事なら尚の事先を急ごうか。メラさん、露呂ロロ。ご馳走様」

「こちらこそ。いつもありがとうございます」

「またお越し下さいませー」


 メラさんは金銭登録機レジスターの傍に置かれた椅子に腰かけたまま、ほんわかとした笑みを浮かべて見送りしてくれた。

 露呂さんは足の悪いメラさんに代わって店内を回っているから、遠くから声だけが聞こえて来た。


「あ、そうだ―――メラさん。お願いがあるんだけど…?」


 お店を出る直前、支払いを済ませた棗さんが何か思い出したらしく、椅子に腰かけたままのメラさんに耳打ちした。

 内緒話のようでしたが、狐の大きな耳が生えている私は聴力が人一倍良いらしく、会話の内容が意図せず聞えてしまった。


「毎年のやつ、お願いしても良いかな? ほら、もうすぐ彼女・・の誕生日だから」

「!」

「あー、はいはい。いつものですねぇ。ご予約承りました」

「お願いします」

「え…えぇ…?」


 か…かか…彼女!? 棗さんの口から出た“彼女”という言葉が…?

 確かに棗さんが綺麗で格好良いし、恋人がいても可笑しくはありませんが……。


「……」


 そっか……棗さん、好きな人が居るんだ…。

 それも毎年、誕生日に欠かさず贈り物を用意している程、律儀に…。


(どんな人なんだろう……棗さんが好きになった人って…?)


 何だか少しだけ、もやもやする気持ちを抱えたまま、私は二人と一緒にお店の外へ出た。

 外気が遮られていた店内と違って、外に出ると雨が降る前の湿気と冷たい風が肌を濡らすように一気に押し寄せた。


「さ、寒くなりましたね…」

「こりゃあ…一気に荒れそうだね」

「急ごっ、急ごっ」

「わっ、は、はい!」


 葵に背中を押されて、降り出す前から駆け足で次の店に向かった。

 

「……呼んどくか」


 駆け足で呉服屋へ急ぐ私と葵の後ろについて来る棗さんが、懐から徐に小さな筒の様な物を取り出し、数回捩じって、笛の様に筒の先を加えた。

 まるで呼子笛を吹く様な仕草……だけど吹いたと思われたその筒から音は鳴らず、それでも構わず棗さんは「これで良し」と言いながら、再び懐に筒を仕舞い込んだ。

 何だったんだろう、今の…?



 椿達が喫茶店を出る少し前、無条院むじょういん家の屋敷の庭で剣の修行に励んでいたテンスバル

 二人で向き合い竹刀を掲げて打ち合い稽古中の所に、渋い顔をしたアヤが顔を出した。


ンマーォ……やる気が起きないー。雨降る予感がするニャー」

「だなぁ。空が暗くなってきやがった」

「洗濯物、降る前に取り入れよう」


 三人は慣れた動きで物干し竿から洗濯物を竹篭に戻して行く。

 取り込んだ生乾きの洗濯物は空き部屋を利用して干し直し、屋敷の壁内を巡る炎の妖の熱を循環させて、天下干しのようにさっぱり乾かす事が出来る。

 ただ難点なのが、他の部屋への暖の供給が疎かになってしまうので、雨が降る日は大抵皆一室に集まって暖を取る。


「そう言えば、あの子達買い物に行ったっきりじゃニャーの?」

「問題ない。棗が“トドロキ笛”、持って行った」

「ほほう。流石だニャ」

「え、何? 棗どっか行ったのか?」

「聞いてないニャ? 今日来たあの子の為に色々買い出しに行くって、葵が張り切ってたニャ」

「俺は棗さんが葵を怒らせたから、お詫びって聞いた」

「何それ俺聞いてない!」


 天が驚きのあまり、干そうとしていた洗濯物を手放して、昴が床に落ちる前に掴み取った。

 そして天は洗濯物を干す二人を他所に、部屋から飛び出して屋敷の外まで駆け抜けた。

 

「用心棒の俺を置いて行くなんて言語道断だろー! 今すぐ行くぜ義妹いもうとよー!」


 韋駄天走りで街中を駆け抜けていく天。

 その背を追う者は居らず、寧ろ駆け抜ける天の姿を見た者は「やれやれ」と言った感じで小さな溜息を吐く。


「棗っちも葵っちも居るのに用心棒いるかニャ?」

「取り越し苦労」

「だニャ~。お土産買って来てくれるかニャ~」


 二人は残りの洗濯物を干しながら、のんびりと飛び出して行った天と棗達の帰りを待った。



「よしっ。何とか揃った」

「うん…すっごい…駆け足だったけどね…」

「な…棗さん、大丈夫ですか?」


 喫茶『アマリリス』から駆け足で和服の呉服屋、洋服のブティック、家具屋、瀬戸物屋、その他諸々を買い漁り、その荷物の殆を棗さんが持って……否、もはや背負ってくれている。

 三人の中で一番腕力がある棗さんが自発的に「持つよ」と言って下さったけど、衣類だけでもかなりの量なのに、加えて自室用の小棚に鏡、更には私専用の陶器類まで、葵の勢いに押されたまま買い込んだお陰でぜぇーぜぇー言っている……。


「それじゃ次行くよ」

「ま…まだ…何かあるっけ…?」


 棗さん…笑顔だけど、若干やつれ始めてる…。

 と言うか、私も他に何か買い忘れがあったか……思い当たらない。


「葵、もう十分必要な物は揃ったと思うけど…?」

「いいや。まだ一番大事な物が買えてないの。さぁ行くよ」

「えっ、あ、葵? 待ってぇ…!」

「………」


 もうかなり歩いたはずなのにまだまだ元気な二人の背を見送り、棗は大荷物を抱えたまま少しの間立ち尽くした。


「はぁ……女の子って凄いわぁ……」


 立ち尽くす棗の様子を、行き交う人々、或いは妖達に注目されながら、棗は意を決して二人の後を追いかけた。


 そうこうしている内に、晴天は分厚い雲に完全に覆われ―――街全体が白む程の大雨が降り始めた。


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