【難関、異文化交流】
お屋敷を出て、まず最初に向かった先は棗さんのお勧めの喫茶店だというお店。
「外来洋品商会?」
「字の如く。極東皇国の外から輸入された商品を取り扱う商会だよ」
「極東皇国は独立国家だけど、国土が小さいうえに、取れる資源も少ないのが実情」
「それは、聞いた事がありますね…?」
「そのくせ、人口は国土の狭さに見合っていない程の増量傾向。国として人口が増える事は良い事なんだけど、今度は増えすぎて資源……主に食料が不足傾向に陥ったんだよ」
「では、王国は主に食料を輸入していると?」
「勿論、需要供給が成り立ってこその貿易。皇国が食料と加えて国外の文化品を輸入し、尚且つ国中に広める事で定着させ、他国にこの国の順応さや誠実さを主張。それに気分を良くしてくれた国外の貿易商達は、負けじと懐の広さ主張する為に、大して他国では重宝されにくいはずの井草製法の技術や主食となる稲の農作術、更には独自の染物の製法といった、技術力を積極的に要求してくれている」
「な、成程…!」
本当はもっと難しい貿易の手順や規定があるのでしょうが、棗さんがかなり分かりやすく嚙み砕いた説明をして下さったので、何とか理解が追い付く。
「つまり、目に見えた物資の供給は我が国が多いのに対し、技術を提供する事で、我が国から資源が出る事は無く、実質溜まり続けていると?」
「流石。理解が早いね」
そう言いながら、棗さんは私の頭を軽く撫でてくれた。
「………」
(普通に嬉しい……もっと自分なりに勉強して、もっと褒めてもらいたいなぁ…)
三年も冷たい檻の中で、無い者扱い、物みたいに利用されるだけで、全然誰も褒めてくれなくなった……あの地獄のような時期が長すぎた反動なのかも…。
……とは言え、私は無条院家の養子、ましてや救われた身の上。
甘えてはならない! もっと主様達の為に精進しないと…!
「と、という事は! 今から向かう先は、その外来洋品商会が営む喫茶店という事ですよね?」
「? ……あははっ、そうだね」
「さっきからそう言ってるよ?」
「あ」
早速やらかした……。
物分かりが良い様に見せようとして、棗さんの言った事を復唱しただけになった…。
(うぅ…椿、まだまだです…穴があったら入りたい……―――無いなら掘りたい…っ)
「まぁ、何はともあれ。早速喫茶店に向かおうか」
「おー」
「……ひゃい」
恥ずかしさで赤くなった顔を手で覆う私の背を押しながら、棗さんと葵が例の喫茶店まで案内してくれた。
「……」
後ろに居る棗さんが、何か物言いたげな視線を向けている事に微塵も気付く事なく、私達は【憂楽街】の中央道路を進んで行く。
顔の熱を冷ましながら、改めて主様の領地である常世―――【憂楽街】の景色を見ながら歩く。
そこには、初めてこの街に来た時と同じく、西洋風の派手な外観の建物と、そこから出入りする極東の着物姿や西方の衣装、或いは西方の貴族が身に纏う『どれす』で飾った人、或いは人型の妖の姿があった。
彼等はこの空間の中で争う事無く共存しており、寧ろ仲睦まじい事が当然の様に振舞っている。
「本当に……人と妖が共に暮らしているのですね……?」
「うん。此処に居る人も妖も、争いを拒み、ましてや契約による主従関係も不要とする主の思想―――真の人妖共存圏に理念に賛同した者達が集っている。まぁ、元は住む世界が違う訳だし、多少の制約は有るには有るけど、皆それを承知の上でこの地に移住してくれた良き理解者であり、大事な領民達だ」
「華族であり、領主の養子であるうち等が守るべき民であり、大事な家族でもある」
「家族?」
「そうだよ。暮らす家も、姓も違う。血の繋がりも無いけど、主はこの街に住まう人と妖に最大限の感謝を込めて“家族”として扱い、その領主として頂点に居る自分を大黒柱と自覚し、この【憂楽街】という大一家を纏め上げている」
大黒柱―――そう自分に……言い聞かせるではなく、自覚する。
領主としての在り方は、各領主ごとに十人十色。
白城院家に居た頃の領主・優一郎さんは厳格且つ、身内であっても規則を軽んじる・反発する者には厳罰をもって処理する人だった。
今の義父の主様……智魅様は、飄々としているけど、身内への気遣いは怠らない。
一度領民と認めたら、どんな場所にだって自ら足を運び、徹底的な準備を整えて、敵対する存在を許さない。
そんな、心優しい領主様―――。
(棗さん達、主様を『主』と呼んでいるけど、いつかは『お義父様』と呼んでも…―――)
「さて―――そろそろ着くよ。目的の喫茶店」
「あっ……は、はい!」
物思いに耽っていると、棗さんに声を掛けられて我に返る。
いつの間にか景色は飲食店が立ち並ぶ区域に入っていたようで、至る所から良い香りが漂ってきた。
馴染み深い出汁やお醤油の香り、鼻腔を擽る甘味の甘い香り、そして苦みを含む謎の風味―――?
「何でしょう、この香り?」
「それは今から行く喫茶店に入れば分かるよ」
棗さんや葵はこの香りに慣れているのか、軽い足取りで徐々にこの香りが一番強く香ってくるお店の前で立ち止まった。
「此処は…」
「本日最初の目的地―――喫茶『アマリリス』だよ」
「アマ…リリス?」
棗さんが喫茶店の看板を指さして、そこに書かれた片仮名の名前をさらっと読み上げた。
何だろう? 西洋の言葉のようだけど、意味を知らない。
「あー、聞き馴染み無いかぁ。椿ちゃん、この花知ってる?」
「花?」
棗さんは私に問いかけながら、お店の看板に彫刻された花を指さした。
彫刻だし、色も看板に用いられた赤茶色のままだったから、少し自信は無かったけど…。
「もしかして……朱頂蘭?」
「正解。朱頂蘭は和名で、西方では『アマリリス』と呼ばれているんだ」
「皇国と西方国で呼び名が変わるのですか?」
「あぁ。例えば『薔薇』は『ローズ』だったり、『林檎』は『アップル』、『牡丹』は『ピオニー』……だったかな?」
「ふふっ。西方国の呼び名は可愛らしいですね」
「だね。だからなのか、最近では敢えて彼方側の呼び方を使って物を表す事が皇都では増えて来ているよ」
「多国語を会話に混ぜるという事ですか?」
「そうそう。面白いでしょ」
棗さんがにこにこ笑顔でそう言い、そのままお店の扉を開いては、顔だけを覗かせて、お店の店員さんらしき人と何か話を始めた。
多国語を混ぜて会話する……それは、会話として成り立つのでしょうか?
そんな事を考えていると、横から葵がにゅっと顔を覗かせて来て、私に教えてくれた。
「良い、椿。例えば、了承の意思を示す時は『おっけー』って言うの」
「おっけー?」
「そう。『おっけー』」
葵は楽しそうに『オッケー』と言いながら、握り拳から親指だけを立てる動きを見せた。
今のが、西方国流の了承の意を示す一連の流れ……なのでしょうか?
私は思わず、葵と同じ様に手を動かしてみた。
「こ、こう?」
「上手。次は言いながら」
「えっ」
何やら実技指導が始まった。
難しい事は何もないので、私は葵に聞いた通りの動きと言葉を使って見せた。
「お…おっけー?」
「ふっ…そ、そう…ククッ…」
葵は何故か肩を震わせて笑いを堪えている。
私が不思議そうに視線を送り続けると、葵は笑いを堪えたまま、先程と同じ様に親指を立てる謎の動きをしてみせた。
「あってる」……って事?
そうこうしている内に、棗さんが店員さんとの話を済ませて、此方に振り返る。
「それじゃ、中に入ろうか。二人とも、良いかい?」
お店に入るだけなのに、わざわざ此方に確認を取る棗さんの行動に、私は瞬時にぴんっと来た。
(成程……ここですね…!)
私は今までの流れを踏まえ、笑いを堪える葵と視線を合わせて、一緒に同じ動きをする。
片腕を突き出し、握り拳から親指を突き上げて、二人で声を合わせて自信満々に言い放つ。
「「おっけー!」」
「は―――」
何故でしょう………棗さんに、滅茶苦茶笑われました。




