14.愛している
「おーい、おーい」
「……?」
心地の良い声が隣からする。
その声はオレのことを呼んでいるみたいだ。
「あっ、起きた!」
「? 君は?」
隣にいたのは見たことのない女の子。
黒い髪で黒い瞳を持っている彼女を見て、すぐに彼女がイエア人だということが分かった。
「わたし? わたしはね、リエリアだよ。あなたは?」
リエリアと名乗る少女はとても元気がいい。可愛らしい笑顔をオレに向けてくれる。
彼女は姓を名乗らなかったため、どこの家のものなのかわからなかった。ただこのくらいの歳ならばそれも仕方がないことだ。
「オレは、ラディウスだ」
「ラディウス……長いからラディって呼ぶけど、いい?」
「あ、ああ、構わない」
オレは意図的に自分が帝国の皇太子だということを明かさなかった。
気分的に明かしたくなかったのかもしれない。
彼女はオレの身分を知らないからか仲良くしたそうだ。
それに皇太子だからか、オレのことをそんなふうに親しい呼び名で呼んでくれる人がいなかったから、そう呼ばれた時とても嬉しかった。
この時、名前の呼び方を好きにさせたのも、恋に落ちたまではいかなくても興味を持ったからかもしれない。
オレに近づく女性は心のどこかで、オレの皇太子という身分を欲しいと思っている。
それが分かってしまってからは、あまり女性と仲良くする気にはなれなかった。
だから皇太子ということを知らないという事実と純粋さ、それに眩しい笑顔を持つ彼女に興味を抱いた。
「わたしのことはなんて呼んでくれるの?」
「え、えーっと、リエリアじゃダメか?」
「ダメ! わたしがラディって呼ぶんだから、ラディもわたしのことそんなふうに呼んでほしいの!」
わがままだけど、そのわがままはありがたい。
こんなふうに女性と話すのはいつ以来だろう。
大人の女性とは普通に会話をしているが同世代の女性は避けてきた。それに最後に話したのもこんな純粋な気持ちでの会話じゃない。
普通の会話なのに、それがとても嬉しい。
「じゃあ、リア、でどうかな?」
「リア……。うん! いいよ!」
オレは安直に名前を呼んだけど、それが彼女はとても嬉しかったようだ。
オレに向けて可愛い笑顔を見せてくれた。
「ラディはなんでここにいるの?」
「なんでとはどういうことだ?」
「だって同い年くらいの男の子と話すのって初めてだから! お父様が男の子に近づいちゃダメっていうから、今まで話す機会がなかったの。だからわたしが話す初めての相手! それがラディなの!」
オレがリアにとって初めて話す男の子か。
リアの父親はリアのことが相当好きなのだろう。娘を今まで同年代の男性と話すらさせなかったくらいだからな。
「そうなのか。リアの父親はリアのことが好きなんだな」
「うん! お父様はわたしのこと好きって言ってくれるんだよ。わたしもお父様のこと大好きなんだよ」
父親に制限をかけられて育ってきたというのに、なぜここまで楽しそうな人生を送れているのだろうか。
正直リアのことが羨ましい。
制限はかけられていても楽しく暮らせているリアと、自由に育てられたはずなのに息苦しい毎日を送っているオレ。
普通ならリアの方が大変なはずなのにな。それを苦しいと思わずに楽しさを見出せるリアは凄い。
「ラディはどうなの? お父さんとかお母さんのこと、好き?」
「好き、か。まあ嫌いではないかな。ただ両親もオレも忙しいから、プライベートな話をする機会はあまりない」
父上は皇帝としての内政を、母上は皇后として外交を、オレは皇太子としての教養を。
それぞれがそれぞれのことで忙しいため、家族全員で話すことは滅多にない。
唯一家族の中で話すのは皇女である姉上だけ。
「そうなんだ。それは可哀想だな」
「可哀想?」
「あっ、ごめんね。言い方が悪かったよね。でも家族みんなと話す機会がないなんて悲しいでしょ。わたしだったら絶対に泣いちゃうから」
皇太子であるオレに向かって可哀想なんて言う人は初めてだ。まあリアはオレが皇太子だということを知らないから仕方ない部分も多少はあるが。
でも話せないのが悲しいか。そんなこと思ったこともなかった。
家族との関係はこれが普通だと思っていた。普通じゃないとしても皇族だから仕方ないことだと考えてしまう。
悲しいなんて思うことは今まで一度もなかった。でも今の疲れのどこかに、寂しさがあったのかもしれない。
そんなふうに考えてしまった。
「リアは両親のことが大好きなんだな」
「うん! お父様のこともお母様のことも大好き!」
オレはリアの元気な姿を見てふと思った。
リアはイエア人なのに、なぜこんなに楽しく生きているのだろうか。
今のは少し語弊があるが、大陸北部では差別対象だと聞いたことがある。そんな中で楽しく生きるのは大変な部分もあるだろう。だけどそれを感じさせない。
多分両親からの愛情とリアの純粋さがあるからこそ、なんだと思う。
そういえば王国の国王の妻、女王がイエア人と聞いたことがある。
もしかしたらリアは王国の王女なのか?
疑問があ浮かび上がったけど、オレはそれを聞こうとは思わなかった。
だって聞いたらオレのことも十中八九聞かれるから。
リアの雰囲気からして態度を変えることはなさそうだが、変わった時が結構辛い。
でもまあ、今日の昼には王国を去るからもう一度会う機会はおそらくないだろう。
身分を明かしてもいいが、せっかくなら隠しておきたい。
もう一度会えた時、こんな感じで話したいからな。
「リエリアお嬢様。どこですか?」
「あっ、シーリルが探してる。じゃあラディ、またね!」
「ああ、またな」
そのまたがいつ来るかは分からないけれど、またが来てほしいと心の底から思ってしまった。
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目を覚ますとリエリアのすぅーすぅーという寝息が聞こえた。
起き上がり空を見るともうすでに夕日が見えている。
ずっと寝ていたのか。
オレも疲れていたが、リエリアも疲れていたんだろうな。
そもそもイエア人であるリエリアは夜に活動する人間だから、ここ最近昼に活動していたことで疲れが溜まっていたのだろう。
それにしても懐かしい記憶を思い出したな。
リエリアと初めて会ったあの日のこと。
オレがその日に帰る時にリエリアがちょうど居合わせて、行かないでって言われながら泣かせたんだよな。
「リア、好きだよ」
オレも情けない。
ギアルにあれほど素直な気持ちを伝えろと言われたのに、リエリアが眠っているときでしか伝えることができないなんてな。
リエリアはいつもオレのことを警戒していた様子だったのに、今はとても油断している。
とても可愛らしい寝顔を見ることができて、オレはそれだけで満足だ。
ただ欲を言えば、昔みたいな笑顔を見たかったな。
「リエリア、そろそろ起きないと風邪をひいてしまう」
「……!? あっ、わたし寝ちゃってた。皇太子様、すみません。起こそうと思ってたんですけど……。それにもう夕方。皇太子様が言ってたデート、できなくてすみません」
「ああ、それはいい。とても心地の良い、素敵な時間を過ごせたからな」
「そうなんですか?」
「そうだ。それにリエリアの寝顔も見れたしな」
そう言うとリエリアは顔を真っ赤にした。
自分の寝顔を見られたのが恥ずかしかったのか。
「可愛かったぞ」
「!?」
「一生忘れない思い出ができた」
「わっ、忘れてください! 恥ずかしいですから」
「いいや、忘れないよ。絶対に」
そう。この想い出をオレは一生忘れない。
普通に考えれば全然ダメなデートだったかもしれないが、オレにとっては最高のデートだ。
だってリエリアに想いを伝えられたから。
それがたとえリエリアに届くことのない想いだとしても。
そうしてオレとリエリアは馬車で帰った。
馬車の中では行きと同じく無言だったけど、その静かさはなにかに満たされている。
満たされて、満たされて、溢れ出して。
いいや、それじゃあ、ダメだ。
最後の機会なんだ。
叶うはずのない想いだとしても、伝えることでキッパリ諦めれる。
リエリアの離宮に着き、オレはリエリアとの最後の別れの挨拶をする。
「リエリア、オレはリエリアのことを愛している。この想いだけは知っておいてくれ。じゃあ、な」
想いを伝えるとオレは再び馬車に乗り自分の離宮に帰った。




