12.変身させる
国王陛下に会い、殿下にもう会えないと伝えた翌日。
今日は皇太子様とデートをする日。
「シーリル……」
シーリルの名前を呼んでも返事は返ってこない。
わたしはいつもの日常に戻っていくのを感じた。
「そっ、か。もう、シーリルにも会えないんだね……」
シーリルに会えないのは当然のこと。だってシーリルはあくまでも皇太子様に呼ばれてきたお客様なのだから、皇太子様がいない今シーリルがここに来ることはない。
そして皇太子様に会うことのなくなる状況は、シーリルと会えなくなることと同じ。
わたしは誰もいない離宮で、誰も来ることのない離宮で、静かに涙を流した。
たった数日の出来事で心が満たされていたのが今になってよく分かる。
これから皇太子様とデートをして、それでまた一人のいつもの日常へと戻る。
非日常はとても楽しかった。日常に戻るのはとても悲しく寂しい。
けれどそれが当たり前なのだから、非日常を感じることができただけで満足するべきなんだ。
わたしが楽しんでいい時間はこれで終わり。一生分の運を使ったと思う。
でも残念なのは、もうこの非日常を味わえないこと。
「お嬢さん、いる?」
ノックの音の後に若い女性の声が聞こえた。
誰の声か最初は分からなかったが、誰かというよりはどのような人物かは分かった。
わたしは部屋から出て出迎える。
「はい。皇太子様が言ってた女性ですよね」
「うん、そうよ。殿下ちゃんのお願いで、お嬢さんを変身させるために来たよ」
お嬢さんや殿下ちゃんという呼び方や言葉の選びも独特な人だけど悪い人ではなさそうだ。
女性は銀髪で白っぽい瞳をしている。
髪の色が結構皇太子様に似ているような感じがした。だから帝国の人なんじゃないかと思う。
「じゃあお嬢さんの部屋に行きましょうか」
「えっ、あっ、はい」
わたしは女性の勢いに飲まれつつわたしの部屋へと案内した。
そのまま化粧台の前に座らされ、持ってきていた荷物から何らかの道具を取り出している。
「あの、お姉さんの名前を聞いてもいいですか?」
「あー、そういえば言ってなかったわね。あたしは殿下ちゃんと仲の良い化粧師のリィナ・ストリープよ」
「リィナ様ですね。今回はよろしくお願いします」
皇太子様と仲が良いと聞いた時、少しだけ変な感じがした。
その変な感じがなんなのかは分からないけど、気にするほどのものではないと考えた。
「良い子ね。殿下ちゃんには勿体無い子だわ。そうだ! あたしの娘にならない?」
「……娘……? リィナ様は結婚されてるんですか?」
娘と言われた時、ちょっとだけ怖くなった。多分過去のことを思い出してしまうから。
リィナ様はわたしの事情を知らないから悪気はないのだろう。
けれど娘の話をこれ以上続けたくもないから、話を別の方向にそらした。
「してるよ。ギアルっていう、殿下ちゃんの執事と。会ったことあるんじゃないかな? 基本的に殿下ちゃんと一緒にいるから」
皇太子様の執事様の奥さんがリィナ様。
雰囲気からして結婚しているのも意外だけど、リィナさんみたいな元気な人が相手ということがもっと意外。
勝手な偏見で一生独身で皇太子様に付きっきりか、真面目な女性と結婚するものかとばかり思っていたんだけど。
「皇太子様の執事様の奥さんなんですね」
「そうそう。ギアルから熱烈なアピールされたからね。その話聞いちゃう? とっても長くなるけど」
「……遠慮させてもらいます」
わたしはなんとなくだけど本当にとても長い話になりそうな気がしたから断った。
でもリィナ様が執事様のことを好きなのかが会話の節々から分かる。
わたしや皇太子様のことはお嬢さんや殿下ちゃんと呼ぶのに、執事様のことだけは呼び捨てで呼んでいる。
本当に好きで信頼しているからこその呼び方なんだろうな。
「良い判断だと思うよ。友達にこの話すると、長すぎっていつも言われちゃうから」
「そうなんですね。でもそれだけ話せるってことは本当に好きなんですね、執事様のこと」
「うん、あたしはギアルのことを愛してる。だけどギアルの方が愛は重いよ」
「えっ、意外です」
リィナ様が執事様のことを好きなのは伝わってきたけど、それ以上に執事様がリィナ様のことを想っているなんてとても意外だ。
「出会った時から凄いくらいの愛されエピソードがあるけど、それはまたいつか話そうかな」
「そっ、そうですね」
わたしはリィナ様が言ったまたいつかに過剰に反応してしまう。
多分そんな反応をしてしまうのは、昨日の皇太子様との会話のせいだろう。
「お嬢さん、もう少ししたら化粧が終わるから、少しの間眼瞑っててね」
「はい、分かりました」
そして少しの間何も話さず静かに待った。
顔や髪を触られていてくすぐったくて動きたくなるけど、それを我慢して一切何もしないように心がけた。
「はいっ! 出来上がり。目、開いていいよ」
そう言われて目を開けるわたし。
目の前の鏡に映っているのはわたしとは到底思えない、可愛らしい普通の女の子だった。
「誰?」
わたしは自分だということが信じられず、普通ではあり得ない感想を発した。
それも仕方のないことだと思う。
だって髪は皇太子様と同じ銀色で、化粧のおかげで顔も別人なんじゃないかと錯覚するくらい変わっている。
「おっと、忘れるとこだった。目開けて少し我慢してね」
「へ?」
わたしは何をされるか分からなかったけど、ひとまず目を開ける。
すると眼の中に何かを入れられた。
「目の色が変わった……」
「凄いでしょ。あたしが開発したカラーコンタクトっていうものなの。瞳の色を変えられるの」
「本当に、凄いです。この雰囲気……まるで」
「まるで、殿下ちゃんみたい?」
「!?」
わたしが無意識に口に出そうとして言うのをやめたことを、リィナ様はすぐに気づきあっさりと言ってしまう。
それを聞いたわたしは驚いて固まった。
「可愛い。顔真っ赤にしちゃって」
「……」
何か言おうとしたけど、なんて言えばいいのか分からなくなってきた。
そしてそんなわたしを見たリィナ様はぎゅーっとわたしのことを抱きしめる。
「リィナ様……?」
「お嬢さんが殿下ちゃんのことをどう思ってるのかは知らないけど、その可愛さをあんまり見せない方が身のためよ」
「……?」
「まあ、分からないなら仕方ないか。そろそろ迎えが来ると思うから、あたしは退散するわ。じゃあね、お嬢さん」
「あっ、はい」
そう軽い別れの挨拶をすると、すぐに離宮から出ていってしまった。
わたしはリィナ様のことを嵐みたいな人だなって感じた。
そしてリィナ様が出ていったすぐ後に、ノックの音が聞こえた。
「リィナ様、忘れ物でもしたのかな?」
わたしはそう思い再びリィナ様を出迎えにいった。
ドアを開けるとそこにいたのはリィナ様ではなかった。
よく考えればリィナ様じゃない可能性もあったのに、わたしは何も考えずにドアを開けたことを後悔した。
「皇太子、様……」
「昨日ぶりだな、リエリア」
皇太子様はいつもの元気の良さはあまり感じられない。その上どこか気まずさを感じているような気もする。
そういうわたしも皇太子様に対して気まずさを感じているのだけれど。
「準備はできているみたいだな」
「あっ、はい。大丈夫です」
「なら行こうか」
「はい、分かりました」
そう言われたわたしは皇太子様が乗ってきた馬車に乗った。
なぜか残念と思ってしまっているわたしがいる。
なんでそんなことを思っているのか分からないけど、そんな残念な思いを抱えたまま皇太子様とのデートが始まった。




