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気が付いたらスラッシャー映画のビッチ枠でした。生存フラグが見つかりません  作者: とおエイ


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3/3

気が付いたらファーストブラッド枠から外れてました

 それからも、何も起こらなかった。


 薪拾いでも湖でも、誰一人として欠けることなく、気づけば日は森の向こうへ沈んでいた。そして夜になっても――何も起こらない。


 ……いや、いいんだけど。


 焚き火を眺めながら、私は首を傾げた。何も起こらないように、昨日からあれだけ死亡フラグを潰して回ったんだから。むしろ、これでいい。


 これでいいんだけど……本当に何も起こらない?


 私の記憶が確かなら、とっくに誰かがジャクソンの犠牲になっていてもおかしくない。それなのに今、七人全員が揃って焚き火を囲んでいる。


 もしかして、私が色々やったせいで展開が変わった? それとも、そもそも私の記憶が間違ってる? ひょっとして、このまま何事もなく――。


 ……いやいやいや。油断しちゃダメだ。こういうときに「もう大丈夫かも」と安心した瞬間、ろくでもないことが起きる。それがスラッシャー映画というものだ。


「ジェシカ、食わないのか?」


 隣から声をかけられて我に返ると、ブラッドが私の紙皿を指さしていた。大きな身体を丸めるようにして焚き火の前に座り、片手にはビール缶を持っている。


「あ、食べる」


 慌ててフォークを手に取り、すっかり冷めかけた肉を口に放り込む。


「さっきから何考えてんだ?」


「別に」


「またジャクソンのことか?」


「そうよ。悪い?」


 ブラッドは何も言わず、やれやれと眉を上げてビールを一口飲んだ。まったく、こっちはみんなの命を心配してるっていうのに。


 そう思いながら周りを見れば、みんなはいたって普通……いや、ヤバい!


 エミリーとマイクはコーヒーを片手に何か話して笑っている。さっきから妙に距離が近い。肩が触れそうなくらい寄っているし、エミリーが笑うたびにマイクも嬉しそうに笑っている。その様子をケビンが面白くなさそうに横目で見ながら、焚き火へ薪を一本放り込んだ。


 ……おい、そこの二人。すぐ離れろ。


 そしてサラとトム。こっちは「ちょっと」どころじゃない。サラはほとんどトムに抱きつくように身体を預けているし、トムの腕はしっかり腰に回っている。さっきから顔を寄せては何か囁き合って、そのたびに二人で笑っていた。


 というか、そのまま押し倒しておっぱじめそうな雰囲気なんですけど。お前ら、その状態で森の中に消えたら十分後には死体だからな。


「そういやさ」


 ケビンがビールを一口飲んで、エミリーとマイクへ視線を向けた。


「ジャクソンって、カップルから狙うって話じゃなかったっけ?」


「あ、それ聞いたことある」


 サラがトムにへばりついたまま答える。


「二人でイチャついてると出てくるんでしょ?」


「どこからアウトなんだ?」


 マイクが笑う。


「キス?」


「最後までいったら確実じゃね?」


「じゃあ途中でやめればセーフ?」


「試してみろよ」


「嫌だよ!」


 みんな笑ってるけど、笑い事じゃないんだけどなあ。


 スラッシャー映画の殺人鬼というのは、若者の素行にやたらとうるさい。酒、ドラッグ、セックス、夜中に「ちょっと」とか言って女の子を連れ出す馬鹿。そういう死亡フラグを踏んだ奴から、律儀に襲撃されていく。そしてジャクソンは、そのへんのテンプレートを作った殺人鬼だった。


 当然、今夜も油断はできない。


「みんな、寝る前に確認!」


「あー、始まった」


 ケビンが露骨に嫌そうな顔をする。


「そこ! 聞く!」


「はいはい」


「何かあったら全員起こす! 『ちょっと見てくる』は禁止! いい?」


「はい、ママ」


 ケビンが手を上げた。


「誰がママよ!」


「夜中にヤりたくなったら?」


「サカってないで寝なさい!」


「ほらママじゃん!」


「誰がよ!」


 また笑われた。こいつら、本当に一回ジャクソンに追いかけられてみれば――いやダメだ。ゴア死体の品評会になるだけだ。


 私は改めて焚き火の周りを見回した。さっきからくっつきっぱなしのサラとトム。妙に距離の近いエミリーとマイク。そして隣にはブラッド。


 ……うん。こいつら放っておいたら絶対何かやる。


「というわけで、今夜はセックス禁止だからね!」


 一瞬、静かになった。


「はぁ!?」


 真っ先に声を上げたのはサラだった。


「なんでよ!」


「今の話聞いてたでしょ! ジャクソン風紀委員様が出るからよ!」


「ただの怪談でしょ!?」


「それでも禁止!」


「横暴!」


「死ぬよりマシ!」


「ちょっと待って」


 今度はエミリーが手を上げた。


「なんで私とマイクまで見たの?」


「え?」


「見たでしょ。今」


 ……周りからどう見えてるのか認識しなさいよ優等生。


「念のため?」


「何よそれ!」


「いや、ほら。なんか今日いい感じだったし」


「そ、そんなことないから!」


「え」


 マイクが地味に傷ついた顔をした。


「あ、違う! 今のはそういう意味じゃなくて!」


「あは、そうだよね、エミリーにはやっぱり……」


「だから違うって!」


「はい、そこ! そういうのが危ない!」


 また笑いが起きる。


 最後に隣を見ると、ブラッドと目が合った。嫌な予感でもしたように、すぐ眉をひそめる。


「……」


「……」


「ダメだからね」


「まだ何も言ってねえよ」


「顔に書いてある」


 ブラッドは不満そうに口をへの字にした。


「昨日から何もさせてもらってないんだけど」


「帰るまで我慢!」


「俺、彼氏だよな?」


「彼氏だからよ! 死なれたら後味悪いでしょ!」


 しばらく私を見ていたブラッドは、諦めたように肩を落とした。図体がでかいせいで、妙にしょんぼりして見える。


 好きなだけ笑えばいい。明日の朝になって七人全員生きていたら、私の勝ちなんだから。


 それからしばらく焚き火を囲み、夜も深くなったところで、それぞれテントへ引き上げることになった。私とブラッド、サラとトムが二人用。エミリー、マイク、ケビンは、それぞれ一人用のテントだ。


 カップル二組には釘を刺したし、ブラッドにも言い聞かせた。ケビンにも散々言った。ここまで言えば、わざわざ死亡フラグを踏みに行く馬鹿はいない……いや待て。スラッシャー映画の登場人物だとしたら、バカさも天元突破してるはず。


「じゃ、おやすみ」


「おやすみー」


「いい? 夜這いとか、二人で裸で湖に泳ぎに行くとか絶対禁止だか――」


 そこで、なぜかサラとトムが揃って目を逸らした。


「……何?」


「別に」


「何でもないわよ」


 なんで二人ともそんなバツの悪そうな顔してんの?


「とにかく絶対禁止!」


「分かったって!」


 ケビンに先回りされた。


「おやすみ、ジェシカママ!」


「ケビン!」


 笑いながら自分のテントへ逃げ込んでいく。


 私もブラッドとテントに入り、入り口のファスナーを閉めた。薄手の毛布をかぶると、すぐ隣でブラッドがごそごそと身体を動かす。ただでさえ狭いテントなのに、こいつがいると余計に狭い。


「……ジェシカ」


「ダメ」


「まだ何も言ってない」


「ダメ」


「キスくらい」


「ダメ」


「おやすみのキス」


「寝ろ」


「はい」


 ブラッドは大人しく毛布を引き上げると、私に背中を向けた。……なんでそんな大きな背中でいじけるのよ。


 しばらくすると、ちらっとこっちを見る。


「寝ろ」


 また背中を向けた。素直でよろしい。


 やがて外から聞こえていた話し声も消え、キャンプ場は静かになった。風が木々を揺らす音と、虫の声。焚き火で薪が弾ける音。それだけだ。


 私は毛布の中で目を閉じた。今日一日、何も起こらなかった。このまま朝まで何も起こらなければ、それでいい。


 そう。何も起こらなければ――。


        ◇ ◇ ◇


 ――面白くねえ。


 ケビンは薄手の毛布をかぶったまま、暗いテントの天井を睨んでいた。


 せっかくのキャンプだっていうのに、計画は完全に台無しだ。ジェシカが昨日からやたらとうるさいせいで、エミリーと二人になる機会がほとんどなかった。そのうえ今夜はセックス禁止ときた。


 何様だよ、あいつ。


 まあ、ブラッドまでおあずけを食らってるのを見る限り、本気で例の怪談を怖がってるらしい。昨日から散々ジャクソンジャクソン言いやがって。


 問題はエミリーだ。今日一日、マイクとやけに楽しそうに話していた。別に二人は付き合ってるわけじゃないはずなのに、ずいぶんいい雰囲気じゃねえか。このまま何もしないで帰って、マイクに先を越されるなんてのは面白くない。


 明日には帰る。だったら、今夜が最後のチャンスだ。


 ケビンはしばらく耳を澄ませた。外から話し声は聞こえない。もうみんな寝たらしい。毛布をどけて起き上がり、音を立てないようにテントのファスナーを開けると、冷たい夜気が入り込んできた。


『いい? 夜這いとか、二人で裸で湖に泳ぎに行くとか絶対禁止だからね!』


 ジェシカの声が頭をよぎる。


「……うるせえよ、ママ」


 小さく呟いて外へ出た。


 焚き火はほとんど消えかけ、周囲のテントも静まり返っている。ケビンは足音を忍ばせてエミリーのテントへ向かった。


 入り口の前で一度だけ周囲を確認してから、ファスナーをゆっくり下ろす。中へ潜り込むと、エミリーは薄手の毛布にくるまって眠っていた。


 ジェシカほどじゃないが、毛布越しでもわかる胸の膨らみに、ごくりと生唾を飲み込む。


「エミリー。おい」


「……ん……」


 肩を軽く揺すると、エミリーが薄く目を開けた。


「……マイク?」


 ケビンの手が止まる。


「俺だよ」


「……ケビン?」


 眠そうに瞬きをしていたエミリーの目が、少しずつ開いていく。


「何してるの?」


「ちょっと話したくてさ」


「今?」


「ああ」


 ケビンは笑いながら、その隣へ腰を下ろした。


「昼間、全然二人になれなかっただろ?」


「……だからって、こんな時間に勝手に入ってこないでよ」


「いいじゃん、少しくらい」


 ケビンが身体を寄せると、エミリーは毛布を胸元まで引き上げながら身を引いた。


「ケビン、戻って」


「なんだよ。俺が誘ったキャンプに来たんだから、俺の気持ちくらい分かってただろ?」


「みんなで行くって聞いたから来ただけ。そういうつもりじゃないから」


「でも今日、マイクとはずっと一緒にいたじゃん」


「……何それ」


「楽しそうだっただろ」


「普通に話してただけでしょ」


「俺よりあいつのほうがいいのかよ」


「だから、そういう話じゃないって」


 エミリーはうんざりしたように息を吐いた。


「もう眠いから。戻って」


「エミリー」


「戻って」


 はっきり言って、エミリーは入り口を指さした。


 ケビンの顔から笑みが消える。


「……俺じゃダメってこと?」


「そういう言い方やめてよ」


「マイクならいいのか?」


「ケビン!」


 エミリーが声を強める。


「いい加減にして。嫌だって言ってるでしょ」


 一瞬、ケビンの顔が引きつった。


「……お前まで俺を馬鹿にすんのかよ」


「そんなこと言ってない」


「今日だって、俺が誘ったキャンプなのに、ずっとマイクとばっかり――」


「だから関係ないでしょ!」


「あるだろ!」


 ケビンがエミリーの手首を掴んだ。


「痛っ……離して!」


「俺の話くらい聞けよ!」


「聞いてる! そのうえで嫌だって言ってるの!」


 エミリーが手を振りほどこうとする。


「離して!」


「暴れんなって!」


「ケビン!」


 エミリーは空いた手でケビンの胸を押した。だが、ケビンは退くどころか、そのままエミリーの肩を掴んで毛布へ押しつける。


「きゃっ!」


「ちょっとくらいいいだろ!」


「嫌! やめて!」


 両腕を突っ張っても、ケビンは体重をかけて覆いかぶさってくる。


「離して!」


「大声出すなって!」


「誰か――!」


 エミリーは必死に身体を捻った。腕の力だけでは押し返せない。ケビンとの間へ膝をねじ込み、腹を思い切り押し上げる。


「やめてってば!」


「うおっ!?」


 そのまま両手でケビンを突き飛ばす。


 ケビンの身体が横へ弾かれ、その勢いでエミリーも反対側へ転がった。


 二人の間がぱっと開く。


 その瞬間だった。


 ――ザシュッ!


「…………え?」


 空いた場所へ、赤さびた斧が叩き込まれた。天井の布が一気に裂け、そのまま刃が地面へ食い込む。


 エミリーの顔から血の気が引いた。ほんの一瞬前まで、ケビンに押さえ込まれていた場所だった。あと一秒遅かったら、二人まとめて真っ二つだった。


 斧が引き抜かれる。


「な、なんだよ……」


 ケビンが呆然と裂けた天井を見上げた。


 ――バキッ!


「うわああああっ!?」


「きゃあああっ!」


 二発目の斧がポールを叩き折った。支えを失ったテントが一気に潰れ、二人の上へ覆いかぶさる。


「何!? 何なの!?」


「知らねえよ! どけ! これどけろ!」


「そっち引っ張らないで!」


「俺じゃねえよ!」


「足! 踏んでる!」


「見えねえんだよ!」


 暗闇の中で二人して暴れ、身体にまとわりつく布を引っ張る。当然、余計に絡まる。その上から、また斧が叩きつけられた。


 ――ザシュッ!


「きゃあああああっ!」


「殺される! マジで殺されるって!」


「誰か! 助けて!」


 斧が布を切り裂き、そこから月明かりが差し込んだ。裂け目の向こうに大きな靴が見える。


 ケビンが顔を上げると、斧を持った大男が立っていた。顔には白いマスク。


「…………ジャクソン?」


 白いマスクがゆっくりとケビンを見下ろす。


「ジャクソン! ジャクソンだあああああっ!」


        ◇ ◇ ◇


 絶叫で目が覚めた。


「なんだ!?」


 隣でブラッドも飛び起きる。さっきまでいじけていた大男が勢いよく身体を起こしたせいで、一気にテントが狭くなった。


「今のケビン!?」


 外からエミリーの悲鳴が聞こえ、続いて何かを叩き壊す音が響いた。


「ジャクソンだああああ!」


 間違いない。ケビンの声だ。


 ……って、なんでケビン!?


 私は毛布を蹴飛ばし、ブラッドと一緒にテントを飛び出した。ほぼ同時にサラとトム、マイクもそれぞれのテントから出てくる。


「何だよ!?」


「エミリーは!?」


「あそこ!」


 エミリーのテントが潰れていた。その残骸の前に、大男が立っている。


 白いマスク。赤さびた斧。映画の画面越しに何度も見た姿だった。


「……ジャクソン」


 本当にいた。いや、いるのは知ってた。知ってたから昨日からあれだけ騒いでいた。でも、実際に目の前にいるのは話が違う。


 でかい。映画で見るよりずっとでかい。


 しかも今、その足元では潰れたテントが激しくもぞもぞ動いている。


「エミリー!」


「殺される! 誰か助けてくれえええ!」


 中から聞こえてきた声に、私は一瞬固まった。


 ……ケビン?


 お前、なんでエミリーのテントにいる。あれだけ夜這いするなって言ったのに、あの野郎――!


 いや、説教は後!


 ジャクソンが足元でもがく二人へ向き直り、赤さびた斧を大きく振り上げた。


「エミリーから離れろーっ!」


 マイクが駆け出した。


「え、マイク!?」


 そのまま勢いよく地面を蹴り、跳ぶ。


 高っ!?


「うおおおおおっ!」


 振り下ろされるより早く、マイクの靴底が白いマスクへ叩き込まれた。


 ――バゴンッ!


 ジャクソンの頭が大きくのけぞった。斧を振り上げていたせいで重心まで崩れ、その巨体が後ろへ派手にひっくり返る。蹴ったマイクも反動で地面を転がった。


「…………え?」


 何、今の。マイク、そんなことできたの!?


 いや、待って。そういえばマイク役の俳優さん、この映画のあとカンフー映画でブレイクしたんだっけ。


 ……って、こんな設定あったの!?


 映画じゃ終盤で、ファイナルガールのエミリーに「君だけは助ける」とかカッコつけた直後、背後からジャクソンに頭を斧でカチ割られて、盛大にエミリーを血まみれにして退場してたじゃん! あんな見事な飛び蹴り、一回もしてなかったぞ!?


「ジェシカ! 二人を!」


「えっ――あ、そうだ!」


 ブラッドはもう潰れたテントへ駆け寄っていた。私も慌ててその横へ飛びつき、二人で裂けた布を掴んで引っ張る。


「エミリー!」


「ジェシカ! 助けて!」


 残骸の中から伸びてきた手をブラッドが掴む。その太い腕で一気に引っ張り、私も絡まった布を剥がすと、エミリーが転がるように這い出してきた。


「マイク!」


 エミリーはすぐに立ち上がると、地面に座り込んでいるマイクへ駆け寄り、そのまま抱きついた。


「大丈夫!?」


「あ、ああ……エミリーは? 怪我してない?」


「私は大丈夫。ありがとう。本当にありがとう……!」


「いや……無我夢中だったから。エミリーが無事でよかった」


 マイクは抱きつかれたまま、心底ほっとしたように笑った。


 おお。やるじゃん、マイク。あの飛び蹴りといい、今の台詞といい、完全にヒーローじゃん。ナード枠だと思ってたけど、ひょっとして映画と違ってマイクにも生存ルートが――。


「おい! 俺を忘れんな!」


「あ、忘れてた!」


「早くしろ!」


 サラとトムが残骸を引っ張り、布を頭からかぶったケビンが這い出してくる。そのまま地面を転がり、慌てて四つん這いになった。


 私はちらっとエミリーとマイクを見る。


 ……おや?


 なんか一気に距離縮まってません?


 ケビン、お前これ完全に負け――。


「立てる?」


 エミリーがマイクの腕を肩に回し、立たせようとする。


「ああ、大丈――っ!」


 右足を地面についた瞬間、マイクの顔が歪んだ。


「ぐあっ!」


 力が抜け、そのままエミリーに支えられながら地面へ座り込む。


「マイク!?」


「足……! 足が……!」


「どうしたの!?」


「分かんない……!」


 エミリーがマイクを支えながら足元を見る。私もそちらへ駆け寄り――固まった。


「…………え」


 変な方向に曲がってる。


「折れてる!?」


「ええっ!?」


 ですよねー! 映画じゃ完全にナード枠だったもんねー!


 役者さんが後にカンフースターになったからって、役までカンフーマスターになってるわけないよね! というか、だったらなんで飛び蹴りした!?


 そのとき、倒れたジャクソンの少し手前に、斧が落ちているのが目に入った。


 ……あれ?


 これ、今のうちに捨てればよくない?


 私は斧へ駆け寄り、柄を両手で掴んだ。


「よいしょっ――」


 持ち上がらない。


「……え?」


 もう一度、今度は腰を落として両手で引っ張る。


「んんんっ……!」


 斧が地面からほんの少し浮いて、すぐにゴトンと落ちた。


「重っ!?」


 何これ!? 映画じゃ片手でブンブン振り回してたじゃん!


 ――バキッ。


 背後で枝を踏み折る音がした。


 ゆっくり振り返ると、さっき派手にひっくり返ったジャクソンが、もう立ち上がっていた。


「嘘でしょ……」


 ジャクソンは無言のままこちらへ歩いてくる。


 ……待って。


 これ、私いまジャクソンの斧の横にいるんですけど。


 私は慌てて斧から離れた。


「ブラッド! マイク担いで!」


「分かった!」


 ブラッドはすぐにマイクの前へしゃがみ込み、その腕を肩へ回した。


「掴まってろ」


「悪い……」


「謝るのは後だ」


 そのままマイクを背負い、大きな身体をほとんど揺らすことなく立ち上がる。


 その間にもジャクソンはこっちへ歩いてくる。私が諦めた斧の前まで来ると足を止め、片手で柄を掴んだ。


 ひょい。


「…………」


 嘘でしょ。私は両手でも持ち上がらなかったんですけど!?


「車! 全員、車まで走って!」


 全員が一斉に走り出した。


 ブラッドはマイクを背負い、サラとトムがその横につく。エミリーも必死に走り、ケビンはいつの間にか先頭にいた。


「ちょっとケビン! あんた元気なんだから――」


 ――ブンッ!


「ひゃっ!?」


 何かが耳元を掠めた。


 直後、目の前の木に斧が突き刺さる。


 ――ドガッ!


「…………」


 足が止まりかけた。


 今、かすった。


 いま絶対かすった!


「なんで私!?」


 振り返ると、ジャクソンがこっちを見ている。


 私!? なんで!?


 ケビンいるでしょ! 夜這いまでした問題児があっち走ってるでしょ!?


「ジェシカ! 走れ!」


「分かってる!」


 ブラッドに怒鳴られ、慌てて走り出す。


「いっ……!」


 痛い。


 胸が。


 全力で走るたびに上下に揺れて、めちゃくちゃ痛い!


 思わず両腕で胸を押さえる。走りにくい。というか、痛くてまともに走れない。


 待って。


 ノーブラ!


 全力疾走!


 揺れる胸!


 ちぎれそうに痛い!


 ……そりゃ逃げられないわ!


「だからビッチ枠ってすぐ死ぬの!? 自然淘汰か!」


「何言ってんだジェシカ!」


「こっちの話!」


 こんなスラッシャー映画の生態系、体験して知りたくなかったよ!!


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