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9話(滋賀入り)

9話(大津到着)

 あくる日、早朝から全員を起こしてバスを走らせる。今日の運転手は信太だ。学は運転席の横でノートを開く。

「信太、そこを右。内輪差に気をつけてな」

信太は真剣な顔つきでハンドルを握り締めている。目的地である高島市は琵琶湖の北西に位置する。山科からは、琵琶湖の西側を縦断する「西大津バイパス」と、「湖西こせい線」の線路が走っている。

山科と滋賀の県境を分断する、小高い山が見えてきた。

「信太、西大津バイパスはもっと田舎に入らないと乗り口が塞がれてるかもしれん。東海道を使おう」

「おう、ナビ頼むわ」

学はポケットからスマホを取り出し、一瞬だけ地図を確認すると、すぐにバッテリーを惜しんでポケットに仕舞い込んだ。

バスは本格的な山道へと入っていく。山を切り開いた道らしく、両脇にはコンクリートで固められた急斜面が迫る。道路標識には、手入れのされなくなったつたが容赦なく巻き付いていた。

やがて、少し道が開けてきたところで、道路の真ん中に1台の軽自動車が横転しているのが見えた。

「通られへんぞ、学」

「みんなマスクをつけろ。数豊、後ろの道を監視してくれ」

男全員と秋で、軽自動車を掴んで力任せに起こそうとする。

「せーのっ!」

「あともうちょっとや!」

しかし、車体はわずかに揺れるだけだった。バスの中でそれを見ていた遥が立ち上がり、三月とななに言った。

「うちたちも手伝お」

「うん!」

女子メンバーもバスを降りて加わる。遥がマスクを装着し、学に近づいた。

「うちたちも手伝うよ」

「遥……ありがとうな。よし、いくぞ。せーのっ!」

「おせーーっ!」

今度は軽自動車が大きく揺れ始めた。

「揺れを大きくしろ! タイミング合わせて!」

グラグラと反動が大きくなる。みんなの額から大粒の汗が滴り落ちる。

「せーのっ!」

車体が起き上がろうとした瞬間、学と信太がすかさず背後から全体重をかけて押し込んだ。

「おらぁぁぁ!」

ドスン、と激しい音を立てて、4つの車輪が地面に接地した。

「ふぅ……!」

「よし、みんなよくやった! 信太、バスで押そう」

残りの障害物はバスの鼻で強引に押し退け、ついに東海道を抜けた。

山々が左右へと遠ざかっていく。ポツポツとマンションや建物が現れ始めた。

道をまっすぐ進むと、視界が一気に開け、広大な湖が姿を現した。学が弾んだ声でみんなを振り返る。

「みんな、琵琶湖や! 滋賀に着いたぞー!」

後ろの席では、秋たちが歓声を上げてハイタッチを交わしている。全員が窓に張り付き、ニヤニヤと笑みを浮かべながら湖を眺めた。

琵琶湖の広大な水面には太陽の光が反射し、まるできらめく宝石のように輝いている。地平線の彼方には、うっすらと対岸の山々が霞んでいた。

(やっとや……やっと着いた……)

学の口から、張り詰めていた硬い息が漏れた。

しばらくの間、右手に琵琶湖を望む大通りを走らせた。建物の隙間から、きらきらとした光が何度も車内に差し込む。

町中を進んでいると突然、頑強な柵と木々で囲まれた敷地が現れた。コンクリート製の正門に掲げられた看板に目が留まる。

『陸上自衛隊 大津駐屯地』

学はハッとして、僅かに残ったスマホの電波でホームページを確認した。

(自衛隊の宿舎があるだけで、ここには兵器の類はないんか……)

バスでの移動はこれまでとは比べものにならないくらい速かった。道中、シャッターの閉まった薬局を見つけ、バスを横付けする。信太と周囲を見回り、安全を確認してからバールで窓ガラスを叩き割った。学は駐車場で周囲を警戒しながら、バスに向かって声を張り上げた。

「みんな、必要なもん取りに行って!」

ぞろぞろとバスを降り、店内へと入っていく。

しばらくして、三月となな、遥の3人がお菓子の袋を抱えて戻ってきた。バスの中で楽しそうに笑いながら口に運んでいる。一方、秋と信太はゴム手袋や紙コップといった日用品を何度も往復して運び込み、バスの後部座席はまたたく間に物資で溢れかえった。

大津駅から琵琶湖を右手に眺めつつ、さらに10キロほど走って堅田かたたまでやってきた。目的地の高島市と大津市のちょうど間に当たる場所だ。左手には静まり返った街並みが流れていくが、その建物の隙間からは山々がはっきりと見えた。

(あれが比叡山か……)

移動中、動いているゾンビは一体も見かけなかった。たまに、路傍に干からびてやせ細った死体が転がっているだけだ。

女の子たちは後ろの席でずっと話をしていた。

「ゾンビ、もう全然見ないね」

「ほんまやなぁ、もうおらんのかもな」

ふと見ると、運転席近くのシガーソケット充電器に、遥の補聴器が差し込まれていた。学は補聴器を指さし、後ろを振り向く。

「遥、スマホを少しだけ充電したいから、これ抜いてもいいか?」

遥は一瞬だけ黙ったが、すぐに小さく頷いた。

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