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21話(冬)

21話(冬)

 しんしんと雪が降る季節になった。学の顔にあったクマも、だいぶ薄くなっていた。

 学校の教室には子どもたちが再び集まるようになり、花穗が教壇に立って熱心に授業を行うことも増えた。周囲の山々は、すっかり真っ白な雪の毛布に覆われている。

 学の家の居間には、バラバラに分解された電気機械のパーツが横たわっていた。

 彼は長靴を履き、サクッ、サクッと新雪を踏みしめながら家を出た。目の前に広がる田んぼの跡地が、一面真っ白に輝いている。

 古賀の集落を少し歩くと、理奈の家が見えてきた。庭先には、赤色の雪かきスコップがぽつんと刺さっている。

「ピンポーン」

「あいてるよー!」

 中に入ると、理奈は分厚い医学書を片手に、ストーブの前で一生懸命に鉛筆を動かしていた。「ハァー」と凍える手にかじかむ息を吹きかけている。理奈が笑顔で振り返った。

「どうしたん? 学」

「もし、暇あるなら、スキー場でも行かん?」

 理奈の表情が一気にパッと温かくなった。

「行く! ……えっ、学、スキーできたんや」

「いや、俺はスノーボードのほうが得意やねんけどな。理奈は?」

「私はスキーのほうが得意やで!」

 急いで支度を済ませ、二人はバス停で待った。

 世界がこうなってから、まともに走っている車は公共のバスくらいだった。学が市長として、石油の使用を農業だけに制限したからだ。錆びついた時刻表には、朝と夜の「1日2回」しか数字が書かれていない。

 やがて、タイヤに頑丈なチェーンを巻きつけた中型バスが、「ジャリジャリ」とけたたましい音を立てて走ってきた。

 車窓から、美しい雪景色が後ろへと過ぎ去っていく。

「学が私を遊びに誘ってくれたの、なんか初めてな気がするな」

「そんなことないよ」

 照れ隠しにそう答える。

 ロープウェイに乗り込み、一気に山頂のスキー場を目指した。キャビンには、はしゃぐたくさんの子どもたちも同乗している。山頂駅に着くと、半分雪に埋もれた看板が出迎えてくれた。

『ようこそ、函館山スキー場へ!』

 ロープウェイを降りて振り返ると、眼下に雄大な琵琶湖と、白く染め上げられた近江今津の街並みが一望できた。

 二人がスキーのレンタルハウスへ向かうと、受付のカウンターである女性が店員として働いていた。

「秋ちゃん!?」

「あ、 理奈ちゃん! この前図書館で会って以来やね」

「秋、スキーとスノーボードの板、頼むわ」

「はーい! そういえば、さっき花穗ちゃんと大地も滑りに来てたよ」

「そうか。秋も仕事が終わったら、みんなで一緒に滑れたらいいな」

 学の言葉に、秋は少し気まずそうに理奈の顔色をうかがった。理奈はそんな秋を見て、優しく笑ってウインクを返した。

「私はお昼に仕事終わるから、みんなで写真撮れたらいいね」

「秋ちゃんも滑ろうや」

「花穗ちゃんたちも一緒なら……いこうかな」

 秋は、背中に大きく文字がプリントされた派手なスタッフウェアを着ていた。

『祝・スキー場再開!』

 他の店員も同じものを着ているはずなのに、秋だけが妙に浮いているように見えた。

 板を借りてリフトに乗り込む。

「スキーなんて本当に久しぶり。……こういう普通のことができるのも、全部学のおかげやな」

 理奈の言葉に、学は一瞬だけ複雑そうにうなづいたが、すぐに明るく笑ってみせた。

 リフトの下から見上げると、並んで座る二人のスキー板とスノーボードの先端が、時折カツンとぶつかり合っている。

 周囲の木々の細い枝には、フカフカとした見事な新雪が積もっていた。

 何本かコースを滑るうちに、お昼時になった。

 二人はスキー場の琵琶湖を一望できるレストランへと向かう。

「理奈ちゃん、学! こっちこっち!」

 窓際の席から花穗が大きく手を振っていた。秋も含めて5人でテーブルを囲む。

 学がメニューを手に取ろうとした瞬間、隣から伸びてきた大地の手が、パタンとメニューを閉じた。

「大地、どうしたん?」

「まぁ、僕に任せといてって」

 大地のいつもの優しい笑顔の中に、少しだけ自慢げな色が混じっている。

 やがて店員が、カセットコンロと大きなお鍋を運んできた。

(鍋なんか?)と学が思った、その時だった。

「お待たせいたしました!」

 店員が持ってきた大皿には、立派な、燃えるような赤色をしたカニが山盛りになっていた。大地がドヤ顔で学を見る。

「福井県敦賀市で獲れた『越前ガニ』です!」

「大地……敦賀市と、もう仲良くなってたんやな」

「元は大和の仕事やったんやけどな。大和も防衛で忙しいから、僕が引き継いだんよ」

「やるなぁ、大地」

「さぁみんな、温かいうちに食べて!」

「「「いただきまーす!」」」

 鍋を突きながら、昔の思い出や最近の苦労話を語り合った。

「学校で農業を教えるんやけど、先生って本当に大変でさぁ……」

「今は歯医者の勉強をやってて……」

「そうそう、こないださぁ――」

 秋の心からの笑顔を、久しぶりに見られた気がした。腹の中が暖まったのは鍋だけでないことがよく分かった。

 秋の横に何か空白があるのを感じていた。だが、ただうれしかった。

 昼食を終えた後は、全員でゲレンデへと繰り出した。

 スノーボードを履いた花穗は、自分の身長よりも遥かに高いジャンプ台を見事に飛び越え、全員の度肝を抜いた。彼女は関東地方出身だからか、京阪神の人よりも雪が身近だったらしい。


 やがて冬の寒さは本格化し、さらに雪が深く積もるようになった。

 凍てつく琵琶湖には無数の竹棒が立てられ、『氷魚ひうおのエリ漁』が始まっているらしい。


 学は相変わらず、自宅の居間で黙々と電気自動車の製作を続けていた。

 たまの息抜きに、理奈と二人で町へ出てショッピングをしたり、外食を楽しんだりした。理奈は最近、町で簡単な診療所を開いているらしく、真冬の寒さの中でも、いつも洒落た綺麗な服に身を包んでいた。

 雪の残る役所の近くを、二人で並んで歩く。

「学、あれ見て。ラーメン屋さんがあるよ」

「あぁ、『万楽まんらく』か。新しくできたんやな。行ってみよう」

 暖簾をくぐると、カウンター席の端っこに、見覚えのある背中があった。数豊が一人でチャーハンを黙々とつついている。

「数」

 学が軽くその肩を叩いた。

「あ、学。久しぶり」

「数は最近、どうしてるん?」

「経済学の勉強をやってるよ」

「なるほどな、前から計算が得意やったもんな」

 ラーメン屋といえども小麦がないからラーメンは売っていなかった。店主いわく、中華屋に名前を変えるらしい。

 

その後も理奈と二人で何回か足を運ぶことがあった。


 年が明け、彼らは機能の全てを臨時の職員室から、完全に修復された『市役所』へと正式に移転させた。

 そしてその日、学は新設された会見室のカメラの前に立った。

 電波が乗り、画面の向こうの住民たちへ向けて、学の声が力強く響き渡る。

「――本日、高島市における『ゾンビ』の完全廃絶を宣言します」


 学は正式に市長になった。

 数豊は財務大臣に任命された。

 花穗は農林水産省大臣。

 大地は国土交通大臣。

 大和は防衛大臣。


 冬の間は春に向けて、国づくりの計画を立てた。

雪が解けてから病院の復旧やインフラ等の本格的な国づくりが始まることになった。

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