19話(礎)
19話(礎)
高島市を一つにまとめるため、学は『自由信党』を立ち上げた。
職員室で会議が開かれる。新しく大和の席が設けられた。
「定例会議を行います」
秋がいつも座っていた席は、すっからかんになっていた。誰もそこへ座ろうとはしなかった。
花穗が起立する。
「稲刈りが始まっています。子どもたちにも手伝ってもらっていますが、やっぱり人手が足りません」
数豊も書類を見つめ、眉をひそめながら立った。
「現在、高島一万人計画を進めています」
学は鉛筆を動かしながら口を開く。
「一気に人を入れすぎるのはあかん。安全な人間かどうかを検問して、少しずつ受け入れるようにしよう」
大和が野太い声を響かせる。
「移住民の流入が増えてる。防衛ラインの検問所では、すでに長蛇の列ができてる」
定例会議が終わると、花穗は作業服に長靴姿で、小走りに学校から出ていった。
学はノートを抱えて保健室に立ち寄る。中では理奈が、また分厚い専門書を読んでいた。彼女は政治には一切参加せず、医学の勉強に専念するようになった。
学は一瞬、理奈の真剣な横顔から目を離せなかった。気配を察して理奈が振り向く。
「学、お昼ご飯?」
「うん。勉強どう?」
「昼からは稲刈りを手伝ってるから、全然時間が足りなくって」
「ちょっとは休みや」
「あっ!」
理奈が何かを思いついたように顔を輝かせた。
「今度の休みに、ビーチに行こうよ」
「稲刈りが終わってからやな。花穗たちも誘わんとな。花穗のこと、最近働かせすぎてる……」
理奈は一瞬だけ眉をひそめ、すぐに苦笑いを浮かべた。
「学だって、薄くクマができてるよ。どうせこの後、また稲刈りに行くんでしょ?」
田んぼのあちこちでトラクターがエンジン音を響かせている。町を行き交う人々は、もう「さすまた」や「包丁」といった武器を持たなくなっていた。
かつて無人になったはずの北船木の集落には、新しく移住してきた人たちの活気が満ちている。
「ハァ……」
学は汗を拭った。(もう一息や)
肌を突き刺すような残暑の中、腰を屈めて稲を刈り続ける。
「あのー、どうもこんにちは」
見かけない人たちだった。彼らは少しばかり汚い服を着ている。
「どうしたんですか?」
「役所から、稲刈りの仕事振り分けてもらって……」
「移民の方ですか。この先の建物に行けば鎌とか借りられますよ」
日が経つにつれて、黄金色の絨毯だった田んぼが、少しずつ刈り取られて地肌を見せていった。
ある日、学は大地とともに自転車にまたがり、高島市の入り口へと向かった。
道中、大きな風呂敷包みを背負った人々が、疲れ切った足取りで高島市の街へと歩いていくのを何度も見かけた。
高島市の入り口にあたる白鬚神社。そこには機動戦闘車が重々しく鎮座し、小銃を携えた兵士たちが鋭い目を光らせていた。
検問を待つ人々の列は延々と続いている。誰もが汚れ果てた服をまとい、暗い顔でうつむき、自分の順番を待っていた。
ここでは、大和が現場の指揮を執っている。
「大和、状況はどうや?」
自転車を降りた学と大地が歩み寄ると、大和は厳しい表情のまま応えた。
「武器になるようなものを持ってる奴は、男なら絶対に中には入れてない」
「……仕方ないか」
その時、前方の検問所で兵士が、一人の男のかばんを机の上にひっくり返した。
カラン、と鋭い金属音がして、一本のナイフが転がり出る。
兵士は血相を変えて怒鳴り散らした。
「おい! 武器は事前に預けろと言っただろ!」
男は、怯えた表情をしてかばんを取り返した。
「そんな……ゾンビがいる世界で、丸腰になれって、無理な話でしょ?」
兵士は男のやせ細った腕を強引に振り払い、後方の部下に手を挙げて合図を送る。
「お前はあかん。堅田まで引き返せ!」
「そんな! せっかくここまで歩いて来たのに……! 今から戻ったって、食料はどうするんですか!」
周囲の兵士たちが一斉に集まり、男を威圧するように睨みつける。列の奥でボロボロの子供がなんの表情もなく、それを見つめていた。
「琵琶湖大橋を渡って、湖の南東側に行けばいいだろ」
「遠すぎますよ、そんなの死ねって言ってるようなもんだ!」
男の悲痛な叫びに、学は思わず一歩前へ出ようとした。
だが、その胸元を大和の分厚い手がガシリと掴んで止める。
「学! 高島市にはゾンビの死体はあっても、もう、動く奴らは全部干からびてる。あの男が悪い」
「でも……」
大和は顔色を一切変えずに冷たく言う。
「俺は労働力になる奴を市に送る。俺がなんでお前と合流して、組織に加わったか考えろ」
横にいる大地は悔しそうに、学に首を振って呟く。
「今は、安定した国の礎をつくることが最優先やと思う」
学は道中で子供を見なかったことに気づいた。
学は足を止め、高島市へと振り返って唇を噛んだ。
大和の声に抑揚はない。
「まずは法律やろ。学、お前はどうしようと考えてるんや」
「……原則、法律は旧世界のものを使う。ただ、土地の権利なんかは一旦、すべて政府が握る。土地の分配と販売を政府が管理せんと、戦国時代に逆戻りや」
大和が野太い声で応じる。
「お前は先のこと考えられる。防衛と検問は俺に任せろ。今は他人の面倒を見れるほど余裕はない。多少手荒でも文句言うな」
学は小さく息を吐き、大和に目を合わせた。
「ごめん、俺が悪かった。この件は大和に任せる。――俺は、法律や食料の制度を整えて、礎を築く」
学は大地とともに高島市へ戻った。街への帰り道では、やはり子どもの姿はなかった。




