表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/18

17話(親友)

17話(親友)

 学校の前にある学の家。玄関先では、芽を出したばかりの植木鉢が朝の光を浴びていた。

――バタン!

静寂を破り、玄関の扉が勢いよく開いた。学がトランシーバーを片手に飛び出してくる。庭にあるバイクのキックペダルを蹴り下ろし、エンジンを轟かせた。

トランシーバーから、ノイズ混じりの信太の声が響く。

『学! 聞こえてるな、早く来い!』

田んぼの中の一本道を、バイクが猛スピードで駆け抜ける。

土手の線路の上に、信太が伏せていた。バイクを乗り捨て、学がその隣に滑り込む。

「信太、状況は?」

信太が何も言わずに双眼鏡を手渡した。

「2時の方向」

レンズの向こう、首に黒いスカーフを巻いた男たちが映し出された。

「……右のやつ見ろ」

「え……?」

学の背筋に冷たいものが走った。男たちは、小銃を携えていた。

「何丁ある……?」

「学、話しかけてみるか?」

「いや……あのスカーフ、怪しい。自分たちの仲間かどうかを識別するためにつけてるんかも……」

「あいつらには、仲間か判断する必要があるってことか」

「あぁ。危ないやつらかもな。信太、今すぐ近江今津に連絡してくれ。それから古賀の仲間にも警戒態勢をとらせて」

「分かった!」

学は信太にバイクのキーを渡し、今津の集団への伝達へと走らせた。

古賀に戻った学は、下古賀・上古賀の住人を緊急で全員集めた。

「今日から警戒態勢をとる。夜間も交代で見張りをつける。明日、俺が直接話に行く。銃はいつでも使えるように準備しておいて」

「そんなに危ない人たちなの……?」

怯える子どもたちに、学は努めて冷静に返した。

「念のためやから……」

子どもたちが、固唾をのんで学を見つめる。

「役所近くの食料も石油も、俺たちが回収している。明日、あいつらは近江今津か、あるいはここに奪いに来るかもしれん」

(近江今津よりもこの古賀のほうがスカーフの男たちがいる場所から近い。やつらがこっちに来る可能性のほうが高いか……)

その夜、古賀の全世帯はカーテンを完全に締め切り、一切の明かりを消して夜を過ごした。


 あくる日の早朝。信太と学は、水路に沿って町へと向かって歩いていた。信太の肩には、大きな白旗が担がれている。

「学、理奈とは最近どうなん?」

緊迫した空気を和らげるように、信太が訊ねた。

「……意見が合わんこともあるけど、ボチボチやってるよ」

「確かに、お前ら方針のことでよくぶつかるもんな」

「まぁでも、理奈はみんなのことを考えてやから」

「ハハ、分かり合ってるんや?」

「どうなんやろな……。自分でもよくわからんよ」

その時、遠くの茂みの中から、黒いスカーフを巻いた二人の男が学たちを視界に捉えていた。

「おい、あいつら、昨日の夜のやつらやろ?」

一人の男が、冷酷な笑みを浮かべて銃の撃鉄を引いて撃つ用意をした。

「おい、やめろ! 白旗を掲げてるやろ。俺たちの任務は食料の調達やぞ?」

「知るかよ。こっちは3人やられてんやぞ。そのもっと前には京都で2人やられてる」

銃口がゆっくりと持ち上がり、学と信太の胸元に照準が合わさる。

「おい、マジでやめろって。ボスに報告が先――」

男の目が、ギラリと狂気に光った。

何も知らない信太が、歩きながら笑った。

「秋の良いところはなぁ、――」

――パーン!

鋭い銃声が、朝の静寂を切り裂いた。

「グハッ……!」

信太の身体が、不自然に折れ曲がって地面に倒れ込んだ。

「何や!? 銃声――っ!?」

学がとっさに後退りする。遠くの茂みに、二人の男の影が見えた。銃を撃った男は、おどけたように一瞬立ち尽くしたが、もう一人の男がその銃を奪い取って頭を殴りつけた。

「……おい、ずらかるぞ!」

男たちはそのまま茂みの奥へと走り去っていった。

「信太……! おい、信太!」

「が、は……く……っ」

信太の口から、肺から空気が漏れるようなヒューヒューという音が聞こえる。

学は倒れた信太の服を掴み、遮蔽物になる水路の中へと引きずり込んだ。

「おい、信太! 起きろ!」

信太の脇腹から、止めどなく鮮血が溢れ出し、地面を赤く染めていく。学は必死に両手で傷口を強く押さえたが、指の隙間から温かい血が溢れてくる。冷や汗が全身から噴き出した。

「信太、しっかりしろ!」

白旗を力任せに破り、傷口にきつく巻き付ける。

「がく……」

「信太、帰るぞ! 一緒に帰るんや!」

「……秋の、結婚式は……着物が、いいなぁ……」

「喋るな! 」

学の額から、大粒の汗がボタボタと信太の顔に落ちる。学は信太の身体を強引に背負い、水路の中をよろめきながら歩き出した。

(帰るんや。絶対に連れて帰る)

「学……お前、一人でも……できるよな……」

背中にかかる体重が、一歩ごとに重くなっていく。学の腰を伝った血が、水路の水面へと滴り落ちていく。

「……日本を、また、元の国に……戻すんや……」

「……お前も一緒にやろ…… 信太!」

「一人でも、できるよ。……みんなを、支えて、やってな……」

「帰るんやろ!? 秋のところに!」

学の視界が涙で激しく歪む。背中のぬくもりが、ゆっくりと冷たくなっていくのが分かった。

「……俺のこと、は……忘れて、って……言うたって、くれよ……」

「……」

「秋は……一途、やから……な……」

信太は、最後に小さく微笑んだ。

「日本に戻すんや……学」

「帰るぞ、信太。おい、もうすぐやから……信太?」

背中からの声が、途絶えた。

学は一歩、また一歩と泥に足をめり込ませながら進んだが、ついに限界を迎え、水路の草が生い茂る斜面に信太を下ろした。

「信太……? おい、目ぇあけろ……」

信太は、ただ気持ちよさそうに眠っているかのように、静かに目を閉じていた。

学の目から、堰を切ったように大粒の涙がこぼれ落ちた。

「しんたぁぁぁーーーーーーっ!!」

絶叫が、無人の荒野に響き渡る。

空は無頓着にも、雲一つない快晴だった。

「お前が、お前がおらんと、みんな俺のこと分かってくれへん……頼むからおってくれよ、信太……!」

水路の流れは、どこまでも赤く染まっていた。


 古賀の入り口。見張りに立っていた理奈が、遠くからふらふらと歩いてくる学の姿を見つけた。

村に入った瞬間、学は力尽き、道路に崩れ落ちた。その目は涙を流すことすら忘れ、完全に瞳孔が開いた状態で、背負ってきた信太を見つめ続けている。

理奈が悲鳴をこらえながら駆け寄り、信太の首筋に触れた。

「学……嘘でしょ? 何があったん!?」

「……」

「信太――!?」

奥から秋が血相を変えて走ってきた。

「秋ちゃん、来ちゃダメ!」

理奈の制止を振り切り、秋は泣き叫びながら冷たくなった信太の身体を抱きしめた。

「信太! 信太、…… 起きてや!」

騒ぎを聞きつけ、集落の人が次々と集まってくる。学は赤く腫れ上がった目で、ただ地面を見つめて座り込んでいた。

そこへ、息を切らせた大和が古賀へと走ってきた。肩で荒い息をしながら、学の傍らでぽつりぽつりと話し出す。

「……あいつらが昨夜、俺たちのところに襲撃してきた。一人負傷したけど、なんとか3人返り討ちにした……」

数豊が溢れる涙を袖で拭いながら言った。

「3人やったって……、あなたたちはピストルしか持ってなかったんじゃないですか!?」

「……え? 今津には陸上自衛隊の駐屯地がある。知らんかったんか?」

その言葉に、三月が震える手でスマホを取り出し、地図を開いた。

「ある……『今津演習場』と饗庭野あいばの基地が重なってて、画面から見えてなかった……ごめん、私のせい……私のせいで……」

学は、かつて三月に基地の有無を調べさせた時の記憶が脳裏をよぎった。

「……三月のせいじゃない」

学は深く頭を抱え込んだ。大和が言葉を続ける。

「こっちは電力を復旧できてないから、スマホも無線も使えなかった。だから俺が朝早くここへ伝えに来た。……あの黒スカーフの奴らは、都会にいた頃から俺たちと小競り合いをしてた相手や。今津に来た時、俺たちと分かったから、狙って撃ってきたんやと思う」

学の目が、ピクリと動いた。ゆっくりと顔を上げ、大和の方を向いた。

「……なんで、最初からあいつらの存在を言わなかった?」

「京都で争ってた時、あいつらは大阪方面へ逃げたから……。ここまでくるとは思わんかった」

そのやり取りを見ていた理奈が、学を凝視した。

「学! そんなこと……今津の人を責めるときじゃないでしょ!」

学が理奈を猛烈な勢いで睨み返す。

「――はめられたんだよ。医学部のくせにそんなことも分からんのか!?」

「どういうこと……?」

「俺たちは『高島市の入り口の封鎖』を民主主義の多数決で決めようとした。けど、今津の奴らは俺たちと合流したら、自分たちの意見が通らなくなって封鎖ができなくなる。だから合流を渋った。そして、古賀は今津よりも京阪神に近い位置にある。あいつらが攻めてくれば、真っ先に狙われるのは古賀や。俺たちが襲撃されれば、危機感から『封鎖案』が通る。大和たちは、俺たちが襲われるのを、安全な奥地で待ってたんだよ。自分たちの因縁の相手が近くにいることを、最初から知っててな! そうやろ、大和!」

学の刃のような視線が大和を射抜く。大和は顔を強張らせた。

「……奇襲されて初めてあいつらだと知った」

――パチンッ!

乾いた音が響いた。

秋が、全力で学の頬をひっぱたいた。

「……信太の分。……あなたが、みんなを引っ張っていくんでしょ……? 大和さんは……祭りの時、なんとか古賀と合流できるようにって、裏で仲間を説得してくれてたよ……!」

秋の言葉に、学はハッと目を見開いた。

視線の先、横たわる信太の手首に、見覚えのある腕時計が光っている。信太と過ごしたこれまでの記憶が、濁流のように脳裏を駆け巡った。

学の瞳に、激しい感情の光が戻る。堪えていた涙が、ボロボロと溢れ出して地面を濡らした。

「……信太が、結婚式は着物がいいって……」

学の声が震える。

「秋は一途やから……自分のことは忘れろって信太が言ってた……。でも、そんなこと言っていいんか、俺、分からんくて……ずっと、分からんくて……」

学は声を上げて泣いた。

どれほどの時間が経っただろうか。学は乱暴に涙を拭い、立ち上がった。

「……あいつらを、この土地から追い出そう。どんな手を使ってでも」

学の右手には、信太から受け継いだ腕時計が、静かに時を刻みながら鈍く光っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ